髙柳雄一館長のコラム

2016年11月一覧

ネクターガイドが示すもの

 「極地の花にネクターガイドはあるか?」 今年、中高生南極北極科学コンテストで北極科学賞に選ばれた提案です。12回目を迎えたこのコンテストは、国立極地研究所が全国の中高生から極地での科学観測・実験の提案を公募して優秀賞と奨励賞を選び、優秀賞の中から、南極科学賞と北極科学賞を選定、研究者が提案者に代わって実施することにしています。
 今年の北極科学賞に選ばれた「極地の花にネクターガイドはあるか?」は、国立極地研究所の北極観測基地に滞在する研究者が提案者の青森県立名久井農業高校の高校生たちに代わって観測し、そのデータを持ち帰ることになったのです。このコンテストの開始以来、私も公募提案の最終審査で審査委員の一人として参加してきました。そのお陰で、11月13日(日)に立川の国立極地研究所で開催された「南極北極ジュニアフォーラム2016」で、提案した高校生から「極地の花にネクターガイドはあるか?」の内容を聞くことが出来ました。今回は、その際に感じたことなどを書いてみましょう。

 ネクターガイドという言葉には提案審査ではじめて出会いました。ネクターが花の蜜を示していることを知りましたが、提案書では、ネクターガイド(蜜標)と表記して提案を説明しています。以下は、その提案目的を示した記述です。
 「花には蜜のありかを示すネクターガイド(蜜標)ある。これは受粉のために昆虫を誘うサインであることがわかっているが、果たして昆虫の少ないと思われる極地に咲く花にもあるのだろうか。この調査によって極地の植物と昆虫の関係や繁殖について推測したい。」
 花にあるネクターガイドですが、私たちはそれを見ることが出来ません。ネクターガイドは人間の目には見えないからです。ネクターガイドは紫外線が見える昆虫には分かる仕組みになっているのです。ネクターガイドを持っている花は、子孫を残す受粉を花びらで活動する昆虫に支援してもらうのです。そのため、このタイプの花は昆虫を花に誘わなければなりません。そこで蜜によって昆虫を花へ誘う手段として、花のネクターガイドが植物の進化で登場したのです。興味を持った方は自分で調べてご覧なさい。

 北極観測基地で咲く花にネクターガイドが存在するのか、存在するとしたら、その様子は紫外線撮影で観測することが出来ます。研究者たちが北極観測基地で実施する花の紫外線撮影の成果を速く知りたいと期待が高まります。来年の「南極北極ジュニアフォーラム2017」での観測成果の報告を待ち遠しく感じました。
 花と昆虫が紫外線を使って情報のやり取りをしていることをネクターガイドの存在は示しています。紫外線を見ることができない人間には、とても不思議な情報の伝達手段に思えます。「南極北極ジュニアフォーラム2016」会場で、提案説明を聞きながら、私が最初に感じた印象です。
 考えてみると、人間も実に多様な情報伝達の手段をしていることに気づかされます。可視光での色の変化は対象の状態を探るときには不可欠な情報伝達を可能にしてくれます。秋の紅葉の美しい景色を想像しながらそんなことを思い出します。それだけではありません。何かを知りたいときスマホを利用する方々も多いでしょう。携帯電話はマイクロ波と呼ばれる電波を使った情報伝達手段です。昆虫と花の情報交換に紫外線が使われていることに気づかされた今回の「南極北極ジュニアフォーラム2016」でしたが、そんな私たち自身の多様な情報伝達の世界の存在にも想いが広がるひと時になりました。

——————–

髙柳雄一館長

高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。

2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)