髙柳雄一館長のコラム

館長コラム一覧

元旦にみる時の歩み



明けましておめでとうございます!令和の元号(げんごう)では、新年を迎えて令和5年から令和6年になりました。新しい年が始まる1月1日は元日(がんじつ)と呼ばれ、日本では国民の祝日になっていることは皆さんもよくご存じでしょう。新年を祝う言葉に添える日付では元日よりも、年賀状などでは元旦(がんたん)という表現も多く使われています。

元旦は元日の朝を意味する言葉で、私たちが一年に一度だけ出会う時の歩みを捉えた独特の表現だけに、新しい年の始まりを一層印象的に表現した言葉となっています。子どもの頃、元旦という漢字を目にしたとき、元旦の旦と言う文字の読み方と意味を国語辞書で調べたことを思い出します。旦と言う漢字の読み方には「あさ」と「たん」が使われていて、漢字の意味は、旦の下部に引かれた横棒の一は地平線を示し、その上に置かれた日は太陽を示し、文字全体では「太陽が地上にあらわれることを示す」と知りました。象形文字と言われる漢字固有の機能が一目瞭然に示されている例だと納得できた体験でした。

考えてみると、一年は太陽をめぐる地球の公転を基に決められています。昼夜を重ねて続く一日は太陽の光が地球の自転で生み出す時間です。月の満ち欠けとも関わるひとつきという時間の捉え方も、基本的には月の表面に太陽が生み出す影の周期的変化に支えられています。さらに地上の日常生活で重要な昼間の時刻も、機械時計が発明される以前は、日の出から日没まで日時計が示す太陽の影の変化で人類は捉えてきました。地上に住む人間の営みで、時の歩みを知るため太陽の運行を探ることが果たした役割の重要性に気づかされます。

教や、芸術、そして科学など、人間の文化の歴史で、太陽の存在が人間の営みにどのような役割を果たしたのか?こんな視点で世界を描いてみたいと思い、私がNHKに在職していた頃、コペルニクス生誕500年の行事がポーランドで行われた1973年に、「太陽と人間」と言う海外取材によるシリーズ番組を企画提案し、番組を演出したことがあります。その第5集では、「失われた日時計」という30分番組を放送しました。

番組では、機械時計の発明まで室内や夜間に時間の流れを知ることのできなかった中世のヨーロツパで、社会生活を維持するのに不可欠な昼の時刻を共有するため、ポーランドやイタリアで人々が利用していた教会の外壁など公共の場に残された日時計を紹介し、当時の人々の暮らし方と比べて高精度な時計の登場、照明器具の利用拡大で夜の人間活動が一般的になっている現在、人類が生物進化の過程で獲得した体内時計が、どんな影響を受けつつあるのか、人間と時間の関わりを医学的に研究した最先端の話題も交えて取り上げました。

元旦の文字に接し、一日の始まりを日の出で意識したことをきっかけに、日時計で昼間の時刻の推移を把握した昔の人々の生活と現代の人間の生活を比較した50年以前に自分が演出した放送番組まで思い出しました。太陽の運行と地球の運動を現代科学の知識を十分に生かして作製された精密日時計が多摩六都科学館の正面広場にも設置されています。

スマホを取り上げるまでもなく、現代の私たちは、身の回りで、何処でも何時でも時刻や時間の流れを知ることができる環境に恵まれています。それだけに、現代の日時計に対しては、時刻や時間を伝える機能への期待はほとんどありません。ただ、時間の移り変わりを示す日時計は、人間が時の流れの中で生きていることを意識させる役目を依然として失ってはいません。




A sundial inscribed carpe diem, on a building in Yvoire, France (2006)

いずれもフランスに残る日時計ですが、「CARPE DIEM(カルペ・ディエム)」と言う文字が記載されています。ラテン語で「一日の花を摘め」、「一日を摘め」と訳されていますが、紀元前1世紀の古代ローマの詩人ホラティウスの詩に登場する言葉です。「CARPE DIEM」は英語では「size the day」(その日をつかめ)と訳されている大変有名な言葉です。私の手元にある英和辞典では、「現在を楽しめ」と訳されていました。ホラティウスの歌集に記載された一連の語句では「明日のことはできるだけ信用せず、その日の花を摘め」と訳されていて、人生において今を楽しめと言う意味を示しています。

時の流れの中で生きる私たちですが、時間の流れを過去、今、現在に分けて捉えると、生きているのは今だけだとも気づかされます。充実した時間を過ごすとき、時間の経過を忘れてしまった経験をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。おそらく生きている今がそんな体験を生み出しているのかもしれません。時の歩みを忘れて、今に生きることの楽しさを「CARPE DIEM」は告げていると考えると、人間にとって日時計の存在が今も持つ役割もあるように思えます。

皆様にとって、今年も素敵な今が続く体験がいくつもありますようにと願っています。

 


高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)