髙柳雄一館長のコラム

アジサイにみるハビタブルゾーン

「墨田の花火」と呼んでいる玄関先のガクアジサイが咲き、いつの間にか低木の周りに花火を象る八重の花びらがいくつも散らばり、濃緑色の大きな葉を背景に宵闇の中で目立つようになりました。この季節、色々な場所で様々な姿のアジサイの花に出会います。手毬のように丸くまとまった花、柏の葉のように突き出た花など、その多彩な姿を示すアジサイを、国語辞典では七変化(しちへんげ)とも記しています。




科学館の庭に咲くアジサイ

我が家だけではありません。通勤途中や多摩六都科学館の周辺でも、目にするアジサイの七変化に気づかされる機会が増えると、梅雨の訪れが近いことも意識されます。雨に濡れて美しさを際立たせるアジサイは梅雨の季節の風物詩になっているからです。梅雨は日本付近で6月から7月に雨を降らせる前線が停滞して生ずる東アジア特有の雨の季節ですが、田植えや日本の農作業とも密接に関係しています。梅雨の到来を物語るアジサイとの出会いは、私たちの生活環境に豊かな水が存在することを知らせてくれます。

アジサイの花を愛でることで、私たちを支えている豊かな水の存在に気づくと、そんな世界を生み出した地球の水の起源も知りたくなります。宇宙科学の発展と観測技術の進歩によって、現在、太陽系のような惑星系が宇宙で続々発見されています。そして、地球の様な水に恵まれた惑星が発見される可能性も高まっています。地球の豊かな水は宇宙でどのように誕生したのか、その謎に迫る話題を紹介しましょう。

星の周りに惑星が生まれつつある世界は、原始惑星系円盤と呼ばれています。そこでは銀河に存在する星間空間にガスや塵が巨大な分子の雲を形成し、やがてガスと塵が密集した核が回転して星が誕生すると考えられています。円盤状に見えるのは星が誕生する際、周りにあるガスと塵が円盤状に回転しているからです。やがてガスと塵が集積して微惑星が誕生し、さらに微惑星が衝突合体を続けて大きな惑星が誕生すると考えられています。これは南米チリ共和国の標高5000メートルのアタカマ砂漠に設置されたアタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計で観測された「おうし座」HL星の電波観測画像です。


アルマ望遠鏡で見る「おうし座」HL星の電波画像

観測データからはガスと塵の温度は数十K(ケルビン)の極低温で、中心には太陽の質量程度の星が、円盤内では惑星が誕生しつつあると考えられています。電波には円盤内の氷粒子や水分子中の酸素と水素の結合を示唆するデータもあるといわれていますが、現在、科学者の多くは円盤に見える間隙(かんげき)と円盤内での惑星形成の関係解明に取り組んでいます。

「アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(アルマ望遠鏡)」は標高5000メートル、年間降水量10mm未満という乾燥した大気中を通過して宇宙からくる35ミリ~0.35ミリまでの高い周波数の電波を観測しています。極低温のガスや塵の世界に漂う水や有機分子を捉えるため、66台のパラボラアンテナを同期させて、最大口径16kmと言う巨大な一つの電波望遠鏡として宇宙に向けているのです。


アルマ望遠鏡の設置風景

星が誕生する際、その周りに形成される惑星系の中で地球のように水の豊かな惑星が存在する世界を、科学者はハビタブルゾーンと呼んでいます。具体的には、星の周辺で十分な大気がある環境下で惑星の表面に液体の水が存在できる範囲を指しています。惑星系のハビタブルゾーンの範囲の幅は、太陽系内における地球の位置と太陽から受ける放射エネルギー量に基づいて考察されています。ハビタブルゾーンは日本語で生命可能居住領域ともいわれており、星の周りにある地球のような惑星の位置する世界だと思えば良いでしょう。

今年になって行われたアルマ望遠鏡のハビタビルゾーンとも関係する観測成果では、オリオン座V883星 の電波観測があります。この天体は特徴的な原始星であり、十分に温度が高いため、周りの円盤内の水が水蒸気として存在していることがわかりました。このようなオリオン座V883星 の特徴は電波天文学者が水の起源を突き止める研究を行うことを可能にしているのです。この新たな観測は、太陽系の水の起源が、他の原始星の周りの円盤内の水と同様に星間物質起源である可能性を確認した初の観測例となりました。興味をお持ちの方はアルマ望遠鏡のWEBで調べてごらんください。

太陽系外の惑星系の発見が続く中、水の惑星の誕生をめぐる観測はまだ始まったばかりです。アルマ望遠鏡のように星形成領域での有機分子や水の存在の観測もできるようになって、水の惑星であり生命の惑星でもある地球のような世界が、宇宙にどのようにして誕生してきたのか、そんな壮大な謎を探る宇宙科学の時代が始まっていることを紹介してみました。アジサイを鑑賞する梅雨が明けると夜空を楽しめる夏の到来です。地球のような水の惑星も存在するかもしれない星々が見せる夏の夜空をお楽しみください。


高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)