髙柳雄一館長のコラム

小惑星探査を開始した「Lucy(ルーシー)」

秋も深まり、夕方になると日の入りの早さが意識される季節になりました。宵闇が広がる東の空を眺めると、南よりの夜空に明るい木星が目立っています。文化の日の11月3日の夜空では、木星が地球を挟んで太陽を結ぶ線上に位置する、天文学では衝と呼ばれる位置関係を取り、晴れていれば、夜空にはひと際目立って明るく輝く木星が登場します。この結果、今年の11月は、日没後、地平上に出現した明るい木星が夜中には南の空高く輝き、夜半(よわ)の明星と言われるこの星が、暗い星たちが星座を描く秋の夜空で主役を演じています。

太陽系最大の惑星である木星が、惑星誕生の歴史でも重要な役割を演じてきたことは容易に想像できます。全ての惑星は、微惑星と呼ばれる小天体が衝突合体後に誕生します。太陽系の微惑星は、天の川銀河の中に存在した巨大分子雲とも呼ばれるガスと塵の世界で誕生した太陽の周りに円盤状に広がって分布していた物質が集積分割して形成されました。惑星に取り込まれずに微惑星状態を残した小惑星も太陽系には残っていると考えられます。太陽系惑星形成の歴史を探る上で貴重な小惑星の多くは、木星軌道と火星軌道の間に位置する小惑星と、木星の公転軌道上に木星を挟んで前後に位置するトロヤ群の小惑星として存在し、これらからも太陽系内部の小惑星分布に木星が果たした影響に気づかされます。



木星軌道を回るトロヤ群の小惑星の世界に接近し、惑星形成時の化石ともみなせる小惑星の近くを通過して探査することを主目的としたNASAの小惑星探査機「Lucy(ルーシー)」については2年前のコラムで既に紹介しました。「Lucy(ルーシー)」は2021年10月16日に地球を離れ、2033年までの12年間のミッションを開始しました。
「Lucy(ルーシー)」は、49年前の1974年11月24日、エチオピア北東部で発見された猿人化石につけられた名前です。全身の約40%の骨がまとまって発見され、身長1.1メートル、体重29キログラムと推測された化石は、320万年ほど昔、既に二足歩行していた25歳から30歳ぐらいの女性と想像されています。この化石は人類の祖先を探る古人類学の研究者にとっては貴重な発見でした。

化石の名前とされた「Lucy(ルーシー)」は、発見者が発掘の夜の祝いで聞いたビートルズの「Lucy in the Sky with Diamonds」から取られています。太陽系惑星形成時の化石とされる小惑星を探査する探査機の名前としても最適に思えます。小惑星探査機「Lucy(ルーシー)」を紹介するNASAのWEBに登場しているミッションの公式ロゴは、ビートルズの歌詞で使われたダイヤモンドの形にまとめられています。ダイヤモンド内部左側には「Lucy(ルーシー)」の化石、中央には両側に10角形の太陽電池パネルを広げ、地球との交信用の丸いアンテナと小惑星表面探査観測機器を付けた小惑星探査機本体、右側には接近探査予定の小惑星が描かれています。



小惑星探査機「Lucy(ルーシー)」がトロヤ群に入り、最初に探査する小惑星エウリュバテスに接近するのは2027年8月12日の予定です。「Lucy(ルーシー)」は地球を出てから12年間のミッション期間の半分近くを費やすことが分かります。この間、当然、途中で火星軌道を過ぎて小惑星帯を通過するので、観測機器と探査目標の観測システムの状況をテストする探査のリハーサルが計画されていました。その目標となる小惑星には猿人化石「Lucy(ルーシー)」を発見したドナルド・ジョハンソン博士の名前が付けられ、接近は2025年4月20日の予定でした。それだけに、「Lucy(ルーシー)」が予定外の探査システムのテストを兼ねた最初のリハーサルを、当初より2年も前の今年の11月初めに実施することを知って喜んだことを思い出します。


Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center

小惑星探査機「Lucy(ルーシー)」の作動テストの目標となる小惑星は、今年の2月6日に国際天文学連合で「Dinkinesh(ディンキネシュ)」として承認されました。予定変更時に作成された図では「1999VD57」と表示されています。打ち上げ後に小惑星帯で正確な軌道が判明している50万個もの小惑星を詳しく調べた結果、小惑星探査機「Lucy(ルーシー)」が近くを通過する小惑星「1999VD57」の存在が判明し、「Lucy(ルーシー)」の運用チームが猿人化石のエチオピア名にちなんだDinkinesh(ディンキネシュ)を国際天文連合の命名組織に提案して正式に命名されたのです。

「Lucy(ルーシー)」では、幾つもの小惑星を一度のミッションで観測するために、小惑星を周回する軌道には入らずに通過しながら観測するフライバイ探査を実施します。そのため、Dinkinesh(ディンキネシュ)での観測装置のテストでは、自律的に小惑星の位置を特定しながら観測装置の視野内に収め続けるための自動追尾システムが入念にテストされます。WEBでは「Lucy(ルーシー)」が9月初めに捉えた小惑星Dinkinesh(ディンキネシュ)の観測画像が既に紹介されていますので、興味がおありの方は探してご覧ください。


Credits: NASA/Goddard/SwRI/Johns Hopkins APL

冒頭にも触れた秋の夜空は、暗い星が多く、目印となる四辺形の「ペガスス座」を中心に、古代エチオピア王ケフェウスと王妃カシオペヤの娘アンドロメダ、王女に迫る化けクジラ、アンドロメダを助けたペルセウスに因んだ星座たちが、ギリシャ神話に残るエチオピア王家のロマンあふれる物語を描いています。そんな星空の世界で、ひと際目立つ夜半の明星・木星を目指して、今もミッションを続けるエチオピアで発見された猿人化石「Lucy(ルーシー)」の名前をもつ小惑星探査機が、いよいよ最初の探査活動を開始したことに思いを馳せると、私たちが素敵な世界に生きていることにも気づかされます。

最後に「Lucy(ルーシー)」を発掘した人々が、発見した夜、ビートルズの「Lucy in the Sky with Diamonds」を聞いてエチオピアで眺めた11月の夜空を想像してこのコラムを終わりたいと思います。


高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)