髙柳雄一館長のコラム

実りの秋を迎えて思うこと

真夏には、熱中症対策にも追われた記録破りの猛暑日が続き、その影響もあり、ようやく秋めいてきた神田川沿いの遊歩道を歩いても、道端の草むらの緑もそれほど目立たないと感じた日が続きました。そんな中、先日、目立たなかった草むらに、赤く丸みを帯びて先端を広げる彼岸花があちこちに咲いていることに気づかされました。ようやく暦にふさわしい季節の風物に接し、ホッとしたことを思い出します。

今年は彼岸を過ぎても猛暑日に近い最高気温を記す日が出現し、天体の運行で規則正しく移り変わる暦から感じる時の歩みに比べ、生活の中で出会う季節の風物で知る時の歩みが、予測される季節変化とは著しく異なるように感じられました。

イギリスBBCニュースで7月28日に発表された記事では、1940年から2023年までの世界の毎日の平均気温をグラフで示し、7月6日に記録された世界平均気温17.8℃を「世界の平均気温 最高を更新」と報じていました。その後も世界の色々な地域で山火事のニュースが報じられ、国連事務総長は「地球は沸騰化の時代に入った」と述べたことが世界中のマスメディアで大きく取りあげられました。地上での人間活動が影響して発生した地球温暖化に対して、人類はどう対処すべきか、地球文明の存続にも関わる課題を、今年の夏の猛暑はこれまで以上に鮮明にしたような気がしています。

彼岸の頃になると、赤い花びらを目立たせる彼岸花は、曼殊沙華(マンジュシャゲ)とも言われます。独特の細い花びらが手のひらを広げた様に大地を覆って群生する埼玉県日高市の高麗川(こまがわ)周辺にある巾着田(きんちゃくだ)曼殊沙華公園は、秋の観光地としても知られています。この公園で毎年開かれている巾着田曼殊沙華祭りの案内に、「猛暑の影響により、曼殊沙華の開花が遅れたため、まつり開催期間を延長します。」と記載されていることを発見し、猛暑が植物たちにも大きなインパクトを及ぼしていたことを知りました。

秋の風物に接し、ようやく秋を楽しみたいと思いますが、その際、思い出す言葉のひとつが、「実りの秋」です。実りと言う言葉を手元にある国語辞典で調べると、二つの意味が表示されていました。その一つは「植物が実を結ぶこと」です。秋の味覚として味わったブドウを思い出しました。考えてみると、今年の猛暑の中、秋の収穫を目指して果樹園や田畑で農作業された人々の苦労、さらにはその中で生育できた植物たち自身が体験した努力にも気づかされます。「実りの秋」は、夏の暑さを凌いで生まれた成果に接する秋の役割を簡潔に示した言葉でもあることに気づかされます。

実りのもう一つの意味は「努力が良い結果をもたらすこと。努力の成果。」でした。こちらは植物に限定されていません。私たち人間の努力の成果にも思いが至ります。今年は平年なので10月のカレンダーは曜日が1月と同じになっています。そのせいかもしれません、新しい年を迎えて今年の努力目標を立てたこと思い出しました。その後、新年度を迎えて、生活環境を変更した方もいらっしゃるでしょうし、夏休みを利用して色々な挑戦をなさった方もいらっしゃるでしょう。いずれにして今年の夏の猛暑はそんな目標達成の営みにとっては厳しい環境をもたらしたに違いありません。それだけに、この夏を無事にしのいだことも目標達成を可能にした努力の成果と言えるかもしれません。ことしの秋の実りは、夏を無事にしのいだ成果を秋に活かすことで実らせることになると思いたくもなります。

猛暑を経た秋を迎えて、残された3か月を有効に活かして、秋の実りを手に入れたいと願って今回のコラムを終わります。




▲当館の休憩室からのぞく「曼殊沙華(ヒガンバナ)」もようやく見頃に。(2023.9.29)


高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)