髙柳雄一館長のコラム

夏の星空で思う、地球文明の未来

夏至も過ぎ、梅雨が明ければ日本の真夏が始まります。7月は夏本番の季節です。梅雨空が広がっている間は星空を見る機会も多くはありませんが、晴れた日には、日没を過ぎると夕方の西の空に金星が輝き、時と共に夏の星空が登場する夜空の始まりを示しています。

7月半ばまで日没後の西空をひときわ印象付ける金星も、日を重ねると地平線からの高さは少しずつ下がり見えにくくなっていきます。しかし、宵の明星としての金星を楽しむには、今年の7月は素敵な月になっています。東京では、この金星が最も明るく見えるのは7月7日の夕暮れ時で、太陽が沈んでから30分後だそうです。今年は金星の輝きが七夕の星空を、例年よりも印象深いものにしていると考えると愉快にもなります。

子供の頃から、一年毎に繰り返す夏の星空に合わせて、地上で実施されている様々な七夕の行事を見て来ました。七夕伝説を生み出した昔の人々と違い、天文学の発展により、星の世界について様々な知識を持っている私たちが、昔と変わらない七夕の行事を続けていることに気づくと、星空に地上の世界を重ねて想像する人間の想像力の豊かさにも驚かされます。


毎年恒例の七夕飾り(2023.6.30エントランスホールにて)

科学の発展した時代に生きる私たちは、星空に触れる機会が多い夏の夜空を眺めて、そこに人間の世界を重ねて見ることよりも、星空で発見された科学の成果を人類が住む地上の世界に重ねて見ていると言えます。具体的には、宇宙に存在する太陽系惑星「地球」に住む人類の世界を宇宙科学の多様な視点も交えて捉え始めています。言いかえると、私たちは、星の世界で発見された科学的成果を使って地球文明の行く末までも探り始めたと言っても良いと思います。

7月の晴れた夜空では、空が暗くなると東の空に七夕伝説で良く知られている織女星に当たる「こと座」の一等星ベガと、牽牛星あるいは彦星ともよばれる「わし座」の一等星アルタイルが天の川を挟んで見えます。この二つの星に対して、天の川に羽を広げたように「はくちょう座」の星々が位置しますが、「はくちょう座」の一等星デネブと七夕の世界を物語る二つの一等星を結んで描かれる夏の大三角は、世界中の多くの人々にとって、七夕の星よりも夏の星空を特徴づけているかもしれません。

人類が太陽系外の惑星を最初に観測したのは1995年でした。それ以来、天文学における太陽系外惑星の探査技術が発展し、星々の世界で発見された惑星の数は現在約5千個にも達しています。太陽系外惑星探査の技術的発展で、大活躍したのはケプラー宇宙望遠鏡でした。この宇宙望遠鏡は2009年の春にアメリカ航空宇宙局NASAが打ち上げて、太陽を周回する軌道に配置されました。太陽を回りながらケプラー宇宙望遠鏡が姿勢を制御して観測の視野とした星の世界をご覧ください。それは夏の大三角を形成する「はくちょう座」のデネブと「こと座」のベガの間に広がっています。

ケプラー宇宙望遠鏡はこの固定された視野に含まれる約15万個の星の明るさを継続して克明に監視しました。監視している星の前を周回している太陽系外惑星が横切ることで引き起こされる周期的な減光を観測しようと試みたのです。望遠鏡の姿勢制御の燃料が枯渇し、運用は2018年秋に終了しましたが、ケプラー宇宙望遠鏡は総計53万個以上の恒星を観測し、その中で2662個もの太陽系外惑星を検出しました。人類がこれまでに発見した太陽系外惑星の半数以上もが、夏の大三角の近くに位置していると思うと不思議な気もいたします。

太陽系外惑星探査で私たちにとって一番興味深いのは、地球のような生命の存在する惑星です。最初に見つかった太陽系外惑星は木星の様に大きな惑星でしたが、惑星探査技術の発展もあり、現在では地球型の大気を持ち、表層に液体の水も存在できる小さな惑星も発見されています。前回のコラムでも触れましたが、宇宙には星や惑星が誕生する世界での水や有機物の発見も報告され、宇宙生物学という科学研究分野も確立しています。日本でも、最先端の望遠鏡を使って地球型惑星の大気を観測し、生命の痕跡を探すプロジェクトが進行中です。

地球文明は現在、気候変動による温暖化の問題などに直面し、それに対応した現代科学技術文明の持続を計る色々な目標が議論されています。そんな状況で注目されているのは、人新世(じんしんせい、ひとしんせい)と呼ばれる言葉です。これは人類が地球の地質や生態系に与えてきた影響を重視して提案された現代を含む地質時代の区分ですが、現在、地質年代区分として国際的に正式採用するかどうかの検討作業も進められています。

考えてみると、宇宙のどこかにある地球型惑星で誕生した生命も、進化の過程で人類の様な知的生命体を生み出した場合、地球のような技術文明を発展させ、惑星表層で手に入る資源やエネルギー源を利用している限り、地球文明が置かれている人新世の世界に至ることが予想されます。その文明を支える科学には宇宙生物学も含まれているに違いありません。

宇宙生物学の成果を知り、人新世に住む私たちは、夏の星空を見ながら、七夕の世界から、宇宙に存在するかもしれない地球外文明の運命まで、現代科学がもたらした知識によって想像できる世界を広げて行けます。地球の自転軸の歳差運動の影響で、織女星の「こと座」のベガは、今から1万2千年ほど後には、北極星が占めている夜空の位置に近づくと予想されます。そんな時代まで地球文明が持続していることを願ってこのコラムを終わります。


はくちょう座、こと座の星座と天球座標図


高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)