髙柳雄一館長のコラム

春の夕暮れを楽しむ

子どもの頃から夕日を眺めるのが好きでした。有名な『星の王子さま』が、住んでいた小さな天体の上で、座ったイスを移動させながら日の入りを40回以上も眺めたという場面を読んで、とてもうらやましく思ったものです。そんな私にとって、素晴らしい夕日を観察できる素敵な場所が、多摩六都科学館にあることを気づかせたのは、12月下旬から1月上旬、住宅街の間から見える富士山に連なるスカイラインに日没の太陽が没する姿を初めて見たときです。

HP_ダイヤモンド富士

(2012年12月6日 16時24分 多摩六都科学館にて 撮影:齋藤正晴)

多摩六都科学館天文チームが撮影した、富士山の頂上に太陽が沈むダイヤモンド・フジの画像を既にご覧になった方も多くいらっしゃることでしょう。多摩六都科学館には、西の空、太陽を追いかけて地平に沈む天体を観察する最適な場所があったのです。今年の春はそんな場所から惑星の中でも太陽に最も近い惑星である水星を何度も眺めることができました。見つけてしまうと発見は容易になります。夕方の空、帰宅途中の科学館南入口バス停でもバス待ちの間、しばし水星を眺め続けた体験は忘れられません。

今年の春の夕暮れ、日没後の夜空の大きな話題は、チャンスがあればパンスターズ彗星の出現に出会えることです。日没を眺め、その後に訪れる宵闇の中で、天文チームが現在、撮影に挑戦を続けています。私もできるだけ参加したいと頑張っていますが、まだ実現していません。天文チームには是非とも撮影に成功して欲しいと願っています。

春の夕暮れは、桜前線が訪れると朧月夜に花の香りも加わり、値千金(あたいせんきん)などと昔から言われてきました。今年は、条件が整えば、肉眼でも見える「ほうき星」も期待できます。既に南半球では丸く広がった頭から美しい尾を引いた「おかしら付き」のパンスターズ彗星の画像が撮影され発表されています。夕闇の夜空にそれを想像して夜空を眺めるのも、また今年の春の楽しみといえるかもしれません。

春の夕暮れに関しては思い出があります。大阪と京都の間の淀川の支流に水無瀬川と呼ばれる川があります。この川の辺りから夕暮れを読んだ有名な和歌に「見渡せば山もとかすむ水無瀬川、夕べを秋となに思いけむ」という短歌があります。この歌は作者がここで眺めた春の夕暮れの美しさを秋の夕暮れと比べて表現した作品です。清少納言が「春はあけぼの、・・・、秋は夕暮れ、・・」と述べた表現を意識した作品だそうですが、春の夕暮れの方が秋の夕暮れよりも素晴らしいと感じた水無瀬川に興味をもったことを覚えています。そして、実際に一度、水無瀬川と思われる場所を春に季節に散策したことを思い出します。

子ども時代にあこがれた夕日の美しさは、今では、それを朝の光として眺める人々の存在まで想像して一層楽しめるようになりました。パンスターズ彗星を春の夜空に眺めるのは北半球に住む私たちです。南半球に住む人々には秋の夜空に同じ彗星を眺めていると想像できるのも、もう一つの楽しみ方かもしれません。朝日も夕日も同じ太陽、春の夕暮れに見る星空は地球の何処かでは秋の夕暮れの星空です。私たちがこんな世界の成り立ちを意識できるのも科学の贈り物かもしれません。

HP_パンスターズ

(2013年3月15日 18時30分 多摩六都科学館にて 撮影:齋藤正晴)

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髙柳雄一館長
高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学 系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフ・プロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。

2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)