髙柳雄一館長のコラム

彗星の核に集う古代エジプトの神々たち!?

 先日、上野公園にある東京国立博物館で現在開催中の「クレオパトラとエジプトの王妃展」に行ってきました。展覧会場では最後のコーナーに、クレオパトラが紀元前30年の夏、この世を去った日の夜に再現された星空が壁面一杯に投影されています。この星空は多摩六都科学館のプラネタリウムで撮影されました。その際、私も天文チームの皆さんと一緒に撮影協力をしましたので、その出来栄えと効果を確かめに出かけたのです。
 興味をお持ちの方は、9月23日まで開かれている展覧会でご覧ください。この星空の映像は、古代エジプトの三大ピラミッド上に広がる現在の夏の夜空から始まり、二千年以上も時をさかのぼると、北極星は真北から離れて行きます。そして天の川に掛かるお馴染みの夏の大三角も含めた星の配置が現在とは異なる紀元前30年の夏の星空が再現されます。
 展覧会では古代エジプトの王妃たちにまつわる工芸品や彫像など多くの作品を見ることが出来ました。その際、ほとんどの作品に記されている古代エジプトのヒエログリフ(象形文字)が印象的でした。作品の解説には、このヒエログリフに記されていた情報がとても役立ったに違いありません。ヒエログリフは古代エジプト文明について重要な情報を伝えてくれます。
 ヒエログリフに記された文字が解読され、古代エジプトの情報を知ることが可能になったのは、1799年ナイル河が地中海に注ぐ三角州にあったロゼッタ村の近くで、フランス軍の兵士が発見したヒエログリフが彫られていた石版、ロゼッタ・ストーンが研究者たちの努力で解読に成功されて以来です。このため、ロゼッタ・ストーンは過去の歴史を紐解く記念碑としてよく知られています。

 ロゼッタ・ストーンが果たした役割を期待し、ロゼッタと命名されて、現在、宇宙で活躍している探査機があります。ヨーロッパ宇宙機関が彗星探査のために2004年に打ち上げた探査機ロゼッタです。探査機ロゼッタは昨年8月、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の核を回る軌道に入って、その表面を高解像度のカメラで撮影し続けています。
 この彗星の核は、大きさ2kmほどのほぼ球形の塊と長い方は4kmほどもあるいびつな球形の塊が合体していて、方向によってはおもちゃのアヒルに見える姿が話題になりました。そして、この7月、探査機ロゼッタがチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の核の表面で発見した18個の穴の位置を示す写真がヨーロッパ宇宙機関から発表されました。
 彗星の核は一般にチリを含んだ氷の巨大な塊と考えられ、太陽に接近し熱せられるにつれその表面から多量のガスを噴出すると考えられています。この8月15日には太陽に最接近するチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の核は、増大する太陽熱による表面活動がますます活発になることが予想されています。

チュリュモフ

 発表された写真では、彗星の核の表面にある穴の内部からガスが噴出している様子が鮮明にとらえられています。写真とともに、この彗星核の穴が形成されたメカニズムなどの研究成果が公表されていますが、今回は、この写真の穴に記入された名前についてだけお話します。
 この写真は探査機ロゼッタに装備されたオシリスという名のカメラで撮影されています。注意深くご覧になると分かりますが、どの穴にも位置を示す矢印の手元に穴の名前が付けられています。英語表記ですが、カタカナに直すと以下のようになります。
 彗星核の穴は、アシュ1~アシュ6までの6箇所、セトゥ1~セトゥ6までの6箇所、マアト1~マアト4までの4箇所、そしてバステトとハトホルの2箇所で計18箇所になります。この穴につけられた名前ですが、いずれもエジプトの神々の名前だということが愉快です。ロゼッタのカメラの名前オシリスもエジプトの神様の名前です。結局、オシリス神が見つけた18個の全ての穴にも仲間の神々の名前を付けたのだと想像できます。

 これらの神様が古代エジプトでどんな役割を持っていたのか、興味をお持ちの方はご自分で調べてみてください。勿論、「クレオパトラとエジプトの王妃展」の会場でも一部の神様は紹介されていました。
 探査機ロゼッタは昨年11月12日に、この彗星の核へフィラエと呼ばれる無人ランダーを着陸させました。着陸場所に太陽光が届かず、しばらく休眠状態を続けていましたが、ようやく目を覚ましたようで、今後の成り行きにも注目されています。ロゼッタに対してフィラエも、ヒエログリフの解読で役割を果たしたフィラエ・オベリスクが発見されたナイル河上流にあった島の名前を付けています。
 古代エジプト文明の探求に関係した名前の探査機ロゼッタと無人ランダー・フィラエが探る彗星の核。そこで発見された穴に付けられた古代エジプトの神々の名前。宇宙の片隅で現在進行中の太陽系の起源を探る古代エジプトの神々が演じる不思議なドラマを思い出しながら、私は「クレオパトラとエジプトの王妃展」の会場を後にしました。

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髙柳雄一館長

高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。

2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)