髙柳雄一館長のコラム

時間の流れが気になる季節

 今年も残り少なくなりました。来年のカレンダーを目にして、新しい手帳を用意された方もいらっしゃるでしょうね。戸外で見慣れた木々もすっかり枯葉に覆われ、日没後、駅近くの広場では年末行事に備えた光のアーケイドが目に付くようになりました。毎年、この季節になると、生活の色々な場面で、流れ行く時に気づかされる機会が多くなります。それだけ、日ごろはあまり意識しない時間についても考えることになります。

 時間に関して、人間はこれまで色々な説明をして来ました。私がよく思い出すのは、有名な古代キリスト教の神学者アウグスティヌスの表現です。彼は「いったい時間とは何でしょうか。誰も私に尋ねないとき、私は知っています。尋ねられて説明しようと思うと、知らないのです。」(『告白』第11巻第14章)と述べています。無意識には知っているつもりの時間も、何かと聞かれると誰もが納得できる説明をするのは至難の業であるようです。

 私たちが時間を知るときは、時計で時間を確かめることが一般的です。が、考えてみると、その際、私たちの住む世界には時間が何時も存在し、それが流れていることを大前提にしています。実際、時計を見るとき、どれだけ時間が経ったのだろうか、確認することも多く、普段は流れている時間の存在自体にまで疑いを持つことはありません。

 世界には時計で測れる時間が何時も存在し、それは過去から現在、そして未来へと流れ続けている、これが、生活の場で人間の誰しもが認める時間の説明になっています。しかし、時間とは何かと考えると、時間は不思議な存在であることにも気づかされます。例えば、誰もこれまで時間の姿や形を見た人はいません。時計で時間を知るといっても、一定の周期現象が生み出す時針や分針の回転、あるいは数字の繰り返しが示す値を見るだけです。また、時計が無くとも、生まれ成長し、老化する生物の様子は時間の流れとして見ることが出来ます。それだけではありません。世界に存在する事物の変化は全て時間がもたらしていると意識することもあります。宇宙が誕生して138億年とも言われますが、この時間の流れは時計で測ったものではありません。いずれにしても時間は考えれば考えるほど、その正体は不明に思えます。

 自然現象の変化を捉える際に、人間はいつも背後に時間の流れを考え、あるいはそれを感じています。ギリシャの哲学者の中に、「人間が考えられるものは世界に存在する」といった人が居たことを思い出します。また、インドの哲学者の中には、「人間が感じることのできるものは世界に存在する」といった人が居たことも思い出します。どちらの立場を取ってもこの世界には時間が存在していると言えそうです。時間の流れが気になる季節に時間について思いを巡らして行くと果てしがありません。

 最後に科学的な時間に触れておきます。ご承知のように現代物理学の世界ではアインシュタインが発見したように時間と空間は密接に関係して時空と呼ばれています。この結果、光の速度に近い速度で運動する世界や重力の強い世界では時間の流れ方は遅くなることが分かっています。時間と空間を時空として捉えると、それが人間世界にどう影響するかは興味深い点です。宇宙は時間と空間の織りなす広がりです。宇宙が一体であるなら、時間と空間が一体となった存在であることも頷けます。アインシュタインが発見した時空の考えに不可欠な光の速度が宇宙では不変である事実からは、遠い宇宙を見ることが遠い過去を見ることになると言う現代の宇宙観も生まれます。

 時間と空間が人間に対して持つ存在の違いとして、空間は人間が旅をできる世界、しかし、時間はそれが不可能な世界と言われることがあります。これは日常生活で確認できる事実です。しかし、宇宙のような広大な世界では人間が旅できる空間も宇宙の点に過ぎない世界となります。地球に住む人間にとって、宇宙は旅する世界よりは、頭脳で考え、心で感じる世界となっています。宇宙が時間と空間が織りなす時空の世界だとすると、この表現の方が適切かもしれませんね。

 時の流れが気になる季節の考察から、時間の話をして来ました。宇宙を眺めて思いを馳せるとき、それが空間の旅では無く、ある意味で時間の旅とも言えることでお話を終えることに致します。冬の夜空は、凍てつく世界ですが、夏の夜空のように無数の星々が占める天の川銀河の中心が位置しません。遠い過去に繋がる天の川銀河の外に広がる星々の世界にまで心の旅路を辿るには素晴らしい季節です。季節柄、夏のような空間の旅は不向きですが、時間の旅をするには最適です。それにしても地上では時間の流れを何時もより速く感じる季節です。皆さんも時間を有効にお使いください。

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髙柳雄一館長

高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。

2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)