髙柳雄一館長のコラム

2016年10月一覧

科学館で出会うタイムカプセル

 多摩六都科学館のエントランスホールに入ると目につくものが色々あります。向かって正面には、その時に開催中の特別企画、日替わりの企画のタイムスケージュール、フロア毎の展示室配置を示す、いくつものパネルが置かれています。現在は、夏休みも終わり、秋の企画に合わせた表示をご覧頂くことになっています。このように、エントランスホールの装いは企画展示の変更に応じて変わり、何時も同じではありません。
 しかし、そこに開館以来、今も変わらない空間もあることをご存知ですか?頭上をご覧頂ければ、宇宙に興味をお持ちの方ならすぐ気づきます。そこには、アメリカ航空宇宙局(NASA)が1977年の夏に打ち上げた科学探査機ボイジャーの実物大模型が天井から吊り下げられています。多摩六都科学館にお出でになって、エントランスホールの天井を意識して見ることもあまり無いでしょうから、何度もご来館いただいた皆さんの中にもお気づきではない方がいらっしゃるかもしれません。

 今回はこのボイジャー探査機のお話をしてみましょう。ボイジャー探査機は正確には双子の探査機で、どちらも同じ年に地球を飛び立ちました。1号、2号と区別していますが、1号の方は、木星、土星の世界を探査した後、惑星の軌道面を離れて太陽系内を飛行し、現在は地球から200億キロ以上も遠い世界を進行中です。そこは太陽から放出されている太陽風の勢力もほとんど失われ、太陽系外に広がる星々の世界へ探査機が移行しつつあることが現在も稼動している一部の観測装置が捉えたデータで確認されています。
 ボイジャー1号に搭載された原子力電池の寿命を考えると、この探査機と地上との交信は2025年頃で途絶え、ボイジャー1号は科学探査機としての任務は終了です。しかし、この探査機にはこれから始まる最後のミッションがあるのです。それは地球人から宇宙にいる知性ある生き物に向けてのメッセージを太陽系外宇宙に届けることです。
 ボイジャー1号が太陽系外宇宙へ届ける地球人のメッセージは、探査機の機体壁面に組み込んだ金色のレコードジャケットに格納されたゴールデンレコードと呼ぶ金色のレコード円盤に記録されています。現代では音と画像の記録ディスクとしてはDVDが一般的ですが、探査機打ち上げの1977年当時、音を記録するレコード円盤が一般的でした。レコード円盤の使用は当時の地球文明の状況を示していると考えることも出来ます。
 ゴールデンレコードの内容は地球環境を示す自然音に加え、人類が地球上で交わす挨拶が英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、中国語など55種類の言葉で収められています。勿論、日本語の「今日は、お元気ですか?」も含まれています。地球の多様な文化を示す音楽も、バッハやモーツアルト、ベートーベンの名曲、ジャズなどの地域文化や時代の流行を示す音楽、日本からは尺八の演奏まで収録されています。レコードの一部には、地球環境を示す静止画115枚もある方式で記録されていますが、当時、主として音楽の収録に使われていたレコードに記録された地球人のメッセージは音を中心に構成されました。

 ボイジャー探査機に搭載されたゴールデンレコードの内容を決める際、中心的役割を果たしたのはNASAの太陽系探査計画で活躍したカール・セーガン博士の夫人で、テレビ番組「コスモス」の制作者として知られるアン・ドルーヤンさんです。1998年、ニューヨークでお会いしたとき、ボイジャー探査機のゴールデンレコードを太陽系外に届けようとした人々の思いを尋ねたことがあります。その時、聞いた話では、1977年は核兵器の開発がソ連とアメリカの間で激化し収拾がつかなくなっていた年で、地球文明の危機を意識した担当者たちは、地球文明の痕跡を宇宙に残せば、地球文明が滅んでも10億年以上は残せると考えたそうです。
 ボイジャーに搭載されたゴールデンレコードは地球文明の痕跡を残すタイムカプセルの役割を持っているのです。その一方で宇宙に存在するかもしれない未知の高度な文明を持つ生命体への地球人からのメッセージともなっています。1977年当時は太陽系外の宇宙で惑星は一つも発見されてはいませんでした。しかし現在、宇宙の星々の周りに太陽系外惑星が何百個と発見され、地表に液体の水が存在する可能性のある惑星の数も増え、地球のように文明を持つ生き物が宇宙に存在する可能性は高まりつつあります。
 ボイジャー搭載のゴールデンレコードのジャケット表面には、それを意識したかのように、宇宙に存在する高度な文明を持つ宇宙人がゴールデンレコードを手に入れたとき、レコードの再生に必要な情報も巧みに描かれています。レコードの回転数や回転速度について、高度な知性を持つ宇宙人なら発見できる現象も表示され、勿論、再生用のカートリッジと針も積まれています。

 多摩六都科学館のエントランスホール天井に浮かぶボイジャー探査機、プラネタリウムへの通路からはゴールデンレコードを格納する金色のジャケットも見えます。太陽系外へ飛行するボイジャーを想像させてくれるこの場所は、地球に文明が誕生し、その活動の痕跡ともいえるゴールデンレコードがいつの日か宇宙のどこかに存在する知性を持った生命にであうかもしれない・・そんな人間の宇宙への想いが、地球から刻々と離れつつあることを感じさせる素敵な場所になっています。 
 秋の特別企画展示は「キトラ古墳が語るもの」です。タイムカプセルと言えば、こちらも飛鳥時代の人々が当時の宇宙をどう捉えていたかを示す大地に残されたタイムカプセルといえます。今年の秋は、多摩六都科学館で天と地に残るタイムカプセルに出会う機会を皆さんでお楽しみ頂ければ幸いです。

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髙柳雄一館長

高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。

2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)