髙柳雄一館長のコラム

2017年12月一覧

影にみる、年の瀬の時間

今年も残り少なくなりました。少なくなったと聞いて、皆さんは何を想像しましたか?
私の場合、もちろん年内に残された時間です。そして、時間が残り少ないと感じると、年内に済ませたい課題にも気づかされ、時間の流れを意識する機会もそれだけ多くなりました。
 無意識に目にする光景にまで、時間の流れを感じるときも多く、年の瀬らしいと思うこともあります。そんな例としては、夕日が生み出す自分の長い影に気づかされ、日が沈むにつれて形を変える様子に時間の流れを意識することもしばしばあります。

 年の瀬が迫る冬至の前後、昼間の太陽も高くは昇らず、柔らかい冬の日差しが低く斜めに作る自分の影はとても長く感じるものです。それは夕方になるとさらに長さが延びて目立ってきます。背中に夕日を受けて、東向きの遊歩道で影を追って歩くのも楽しいものです。そんな時、自分の影の頭が絶えず先行して動くのを眺めると、子どもの頃、読んだ芥川龍之介の杜子春のお話を思い出します。

 中国は唐王朝の頃、都の洛陽にある西門の下に一人佇む杜子春と言う若者が、親の残した遺産を遊び暮らして散財し困り果てていた、という状況からお話は始まっています。影を眺めて、このお話を思い出したのは、杜子春がそこで出会った不思議な老人に、「今この夕日の中に立って、お前の影が地面に映ったら、その頭に当たるところを掘ってみるが好い。きっと車に一杯の黄金が埋まっている筈だから。」と教えられた場面を想像したからです。

 杜子春のお話に興味をお持ちの方は原作を読んでいただくことにして、ここでは、夕日がつくる頭の影の中に宝物を発見すると言う事件が、私にはとても印象深く、冬の夕方の人影を見ると、いつもそれを思い出すことだけに触れておきます。
 杜子春のお話では舞台は春の夕暮れとされていますが、このお話の中国に残る原典では冬の暮れになっていると、その後、大人になって知りました。私が、冬の季節に、この話をよく思い出すのも長く伸びる人影が目につきやすい季節だからかも知れません。

 影をみて気づく時間の移ろいを書いてきましたが、科学の歴史をみると、人類が時間の経過を知るために最初に作った時計は日時計だったことや、太陽の運行がもたらす季節の変化を影の様子で把握してきたことを考えると、私たち人間は昔から月日や季節など、時間の移ろいを日差しがつくる影を利用していたことにも気づかされます。

 12月に入って、多摩六都科学館の屋上でも富士山頂に沈む夕日が見える機会が訪れました。12月5日の日没時に撮影された写真を御覧ください。夕日が生み出す富士山のシルエットは、冬の太陽が生み出す素敵な影になっています。年の瀬の時間が示す特徴ある影は、残された時間の今年最後の贈り物かも知れませんね。

20171205

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。 2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)