髙柳雄一館長のコラム

2018年02月04日一覧

春の到来に思う

 お正月の行事も含めて色々な出来事が集中した1月も終わりました。今年の1月は皆既月食の話題で、例年よりも印象的な幕を閉じた様に思えます。月の話題以外にも、色々な思い出が重なったこの季節は、それだけ意識された時間も多くなり、ゆっくりと時が流れて行った様にも感じます。そんな気持ちの中で2月を迎えました。そして、新しい月に入ると、すぐに立春を迎え、早速に春の話題を意識することになりました。

 子どもの頃から、“2月は逃げる、3月は去る”と、春はやって来ると駆け足で通り過ぎる季節だと言う思いを持ってきました。これまで過ごした年月の中で、1月のゆっくりした時の流れに対して、2月は月初めに立春を迎えると、もう3月末の花の季節まで、時は一気呵成に流れる様に感じてきたためかもしれません。

 このコラムを書きながら、こんなことを思い出すことになったのは、多摩六都科学館で企画している催しを紹介して、皆さんに配布している「ロクトニュース」春の最新号(※2月15日発行予定)に、館長の「ここに注目!」と言うコーナーがあり、そこでは、今年の春の特別企画展「たまろく水辺の案内所」に触れてみようと思ったからです。

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 「ロクトニュース」の表紙にある「ここに注目!」のコーナーは、ご覧頂くと分かりますが、文字の数で百十字ほど。読む人々には短くても印象に残る言葉で表現せざるを得ません。今回は世代を超えて、春の水辺を思い出すことを期待し、子どもの頃から私自身が親しんできた童謡「春の小川」の一節を利用して書いてみました。それを、ご覧になって皆さんがどう感じられるかは、ご自身で判断して下さい。ここでは何故、私が童謡「春の小川」を利用したのかについて書いてみましょう。

 童謡「春の小川」を私が知ったのはいつ頃だったのかは不明です。しかし、春、野外で水辺に接する機会があると自然に口ずさむ童謡の一つになっていますから、小学生低学年の時だったと思います。「春の小川は さらさら行くよ ・・」と言う歌い出しの歌詞と同時に独特のメロディも口をついて自然に出てきます。調べてみると、この童謡が文部省の唱歌として発表されたのは1912年です。それ以来、子どもたちにこの童謡が親しまれて来たとするともう百年以上も歌われてきたことが分かります。もっとも、この童謡が現代の子どもたちにどれだけ知られているのかはよく分かりません。周りの人にも尋ねてみましたが、メロディぐらいは知られているのではという意見もありました。何れにしても現在、大人になっている人にはよく知られた童謡だろうと思いました。今回はそれを仮定して使うことにしたのです。

 春の特別企画展「たまろく水辺の案内所」では、多摩六都科学館がある北多摩地域の特徴ある川を取り上げています。その歴史やそこに生息する生き物を紹介し、この地域が水と緑に恵まれた環境であることを知り、出かけてみたくなるように企画しました。こんなすばらしい環境が、身近にもあることは都市の中で生活する私たちが見失っている情報の一つです。

 童謡「春の小川」に歌われたと言われている小川は、現在、東京渋谷近くで地下を流れ、その地表には歌碑が残されています。百年前の「春の小川」は都市化の波に消え去っています。しかし、多摩六都科学館のある地域には豊かな水辺と緑の世界が、地域の人々の努力にも支えられて、今も存在しているのです。そんなメッセージも込めて私は童謡「春の小川」」を、「ここに注目!」で利用したのです。

 立春から花の季節まで、あっという間に通りすぎる春です。春が来たとき、春は一体どこから来るのか、そんな興味を意識して皆さんも春の到来をお楽しみください。