髙柳雄一館長のコラム

言葉が紡ぐ人の和に触れた旅

泊りがけの長い旅が出来ない事情が数年以上も続き、ようやく今年の夏以降、遠出の旅が可能になりました。そんな機会を活かそうと、10月末、思い切って一週間、ニューヨークへ行ってきました。10年以上も経っての海外旅行だったからでしょうか、ニューヨークでは過去の滞在では気づかなかった発見もしました。

ホテルの高層階に泊まった最初の朝、エレベータに乗ってロビーに行くときです。降りてきたエレベータを止めて乗り込むと、既に乗っていた人々から英語で「おはよう」の言葉が飛び交います。私も自然に英語で受けて、その仲間入りを果たすことが出来ました。自分が海外に居ると実感できる瞬間でした。ある場所に居る人々が場所を共にするとき自然に会話をすることは日本でもお馴染みでしょうが、海外ではこちらが母国語意外の言葉に敏感になっているためか、ちょっとした言葉のやり取りでも印象深く感じます。

海外でタクシーに乗ったとき、何時も体験するのはタクシー・ドライバーに行き先を告げた後、必ず道中はお互いの会話が必要になります。たいていはドライバーの方から、何処から来たのか、何処に住んでいるのかなどと尋ねられ、こちらはそれに答えながら、相手の生まれた国や育った文化も知ろうと意識した話題を繰り広げることになります。

昔、首都ワシントンの空港で乗ったパキスタン出身のタクシー・ドライバーとは街のホテルに着くまで、当時の国際情勢について見解を聞かれて困ったこともありました。無事、目的地に運んでほしいので、英会話の練習のつもりで一生懸命対応したことを思い出します。

タクシー利用だけではありません。レストランなどで店員と接するときも、用件のみの会話以外に、お互いの接点を探し、親密さを互いに生み出す会話は不可欠です。支払う際のチップの額には見事にそれが反映されます。こんな体験を海外では何時も重ねてきました。

今回も勿論そうした会話が必要でした。ただ、これまでは、それが海外からの旅行者だから必要なのだと感じていました。しかし、今回の旅では、ニューヨーク在住のアメリカ人、さらには40年以上もニューヨークに住む日本人と一緒に行動する機会があり、ニューヨーク在住の人々も同じように、タクシーではドライバーと冗談も入れた会話を試み、レストランやカフェでは、初対面の店員と互いに言葉を交わし、気持ちよいサービスを受ける環境づくりに励む場面に何度も接することが出来ました。

ニューヨークに住む人々にとっても、タクシーやレストランなどで出会う、初対面の人どうしで親密さを育む会話が必要不可欠な振る舞いでもあることを知らされました。アメリカ合衆国の歴史をみると、この国は世界中の国々からの移住者やその子孫が住む世界であることが分かります。特にニューヨーク市ではそれがはっきりと見て取れます。ニューヨーク市の居住区で最大面積を持つクイーンズ地区では、居住者のうち半数はアメリカ国外出身者で、100種類以上の言語と国籍が混在していると言われています。そこを通るニューヨーク地下鉄7番線は「インターナショナル・トレイン」と呼ばれることを今回お会いしたクイーンズ在住の日本人の方からも伺いました。

ニューヨークで泊まったホテルはニューヨーク市中心にあるグランド・セントラル駅の直ぐ近くでした。この駅は鉄道、地下鉄が集中した巨大な総合駅で、駅中央ホールの広い天井には、太陽が一年で巡る12星座が美しく描かれていることで有名です。その下を通り過ぎる大勢の人々を眺めると、同じ星空の下に住むとは言え、顔つきも姿も多様で、世界中の様々な国々から移り住んだ人々であり、それぞれが育った文化の違いまで想像できます。

今回の旅行は、多様な民族が同じ場所で共に生活するとき、互いに存在を意識し、時には親密さを言葉で確認する会話の必要性と重要性を印象深く知る機会となりました。

 グランド・セントラル駅

12星座が描かれた天井