髙柳雄一館長のコラム

2020年02月一覧

チバニアンから玄武洞へ、思い出を辿る

1月17日、千葉県市原市で確認された地層が、国際地質科学連合の国際会議で地質時代の境界基準となる「国際標準地」として、「チバニアン」と登録され大きな話題になりました。「チバニアン」はラテン語で「千葉時代」という意味で、77万4000年前から12万9000年前までの地質学上の時代を指します。基準となった地層は、77万4000年前に海底で堆積したもので、この地層には、この時期に地球の地磁気が逆転するという特殊な現象の痕跡が残されていました。



方位磁石が反応することで地球にはN極とS極があり、地球が巨大な磁石であることが分かります。地球は北極と南極をむすんで地球をとりまく巨大な磁場(地磁気)を生み出し、太陽や宇宙からやってくる放射線から私たちを守る働きをしています。人類は地磁気を詳しく調べ、15、16世紀の大航海時代には方角を知るのに役立てて来ました。地磁気の成因が分かってきたのは、地球内部の様子が明らかになってきた20世紀中頃のことです。

地球内部には核と呼ばれる鉄やニッケルなどの金属でできた部分があり、核のうち内核の部分は固体ですが、外核と呼ばれる部分は流体です。鉄やニッケルはとても電流を流しやすい性質をもっており、外核の中で電流が流れると磁場がつくられます。この磁場中を流体が動くと電流が流れます。電流と磁場は互いに強めあってしだいに大きな電流や磁場を生み出します。流体の運動、電流、磁場(地磁気)は互いに影響を及ぼしあうので非常に複雑です。この地磁気を生み出すしくみはダイナモ理論と呼ばれています。ダイナモ理論は未解明な部分も多く、現在、スーパーコンピュータを活用した研究が進められています。

地球内部で生じている磁場は電流の大きさが変われば磁場の強さが変わり、電流の向きが変われば磁場の向きも逆転します。地磁気の向きは複雑に変化しており、何らかの原因で地磁気が非常に弱まると、そのときのわずかな磁場の向きの変化によって突然大きく逆の方向になってしまうことがあります。これが地磁気の逆転です。地磁気は徐々に移動するのではなく、一時的に突然に弱まって無磁場になり、逆転すると考えられています。

地磁気の逆転の証拠は、地層にどのように残されるのでしょうか?火山活動で地中から溶岩が地表に出てくると冷えて固まります。この固まるときに、その時点の地磁気の方向に溶岩中の鉄を含む粒子が磁化され、その火山が噴火した時の地磁気の方向が残されるのです。

また、海底などの堆積物中にも磁鉄鉱粒子などが含まれていて、溶岩と同様に堆積した当時の地磁気の向きを知ることができます。

チバニアンには77万年前の地磁気逆転の時期に起きた火山の大噴火による火山灰(「白尾(びゃくび)火山灰」)が降り積もった地層があるため、時代と時代の境目がわかりやすく、この火山灰の放射性同位元素による年代測定の結果、地層の堆積した時期がわかり、地球の磁場が逆転した時期をこれまで以上に詳しく特定できます。さらに、地磁気の逆転が起こった前後の地層中に入っていた花粉の化石や微化石の分析を行い、地層が堆積した当時の環境変動が分かるということも国際的に大きく評価されたようです。

地磁気の向きを検証することによって北極、南極が移動する極移動や大陸移動、プレート・テクトニクスのもとになった海洋底拡大説などが解明されてきた地球科学の歴史は、私もNHKの教育講座の番組で担当して理解してきました。そんな地磁気の逆転を示す現場が、私たちの身近な場所にもあることを知り驚きましたが、今回さらに、地磁気の逆転を示す現場が日本では他にもあることを発見しました。それが兵庫県北部にある玄武洞です。

チバニアンを調べている際に見つけた「兵庫県にもあった地磁気逆転の痕跡――玄武洞」と記されたWEBの写真を見て、私は中学3年の修学旅行でそこへ行っていたことを思い出しました。「確か、これは過去に見た景色だ?」と呟いたのは、玄武洞の景観を特徴づける柱状節理と呼ばれる玄武岩の姿が一度見たら忘れられない風景だったからです。

Genbudo Park in Toyooka Hyogo.JPG
Hashi photo投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

修学旅行で玄武洞に行ったことは、現在横浜に住む中学時代の同級生にメールを出して確認しました。おかげで、和歌山市に住んでいた私は中学の修学旅行で4泊5日の山陰への旅をし、天橋立、城崎温泉、鳥取、玉造温泉に宿泊したらしいこと、天橋立から城崎温泉に行く途中に玄武洞に立ち寄ったことなど忘れていた旅の詳細まで知ることになりました。

玄武洞は、現在は山陰ジオパークに指定され、中学生の時に私が見た素晴らしい景観は多くの人々が見学して楽しめる施設として整備されています。玄武洞の岩石の残留磁気が現在と逆であることは、1929年に京都大学の松山基範教授によって発見され、玄武洞の玄武岩が出来たときの地磁気が現在とは反対の向きであったと判断した教授は、かつて地球の磁場が反転したとする説を発表しました。当時は、まだ地磁気の成因自体が全くの謎であり、この地磁気の逆転報告は多くの科学者の注目を集めませんでした。しかし、現在は地球の歴史で地磁気の逆転の存在は定説になっています。

今回、地磁気が現在と逆転していた約260万年から78万年前までの時代は発見者にちなんで地磁気の歴史では松山逆磁極期と呼ばれていることを知りました。チバニアンは地磁気の歴史では、松山逆磁極期に続く時代に位置した地質時代であることが分かります。地球科学の発展で日本が関与した実績が不思議に結びついていることは非常に印象的です。

さらに、北の方位の守護神である玄武の名前を付けた岩石に地磁気の逆転の痕跡が残っていたのも偶然の一致とは言え、私にはとても面白く感じられました。

チバニアンの話題に触れ、中学生の時、兵庫県にある玄武岩の柱状節理を見た記憶を辿り、その後に発展した地球科学の知識を整理しながら、玄武洞へ再度行く機会があったら、どんな気持ちで眺めるのだろうかと想像してみました。現代科学の知識を知ると、過去に見た風景の中にも背後に潜む世界を想像できる時代に私たちは住んでいるようです。




高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。 2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)