髙柳雄一館長のコラム

臨時休館の継続で思うこと

新型コロナウイルスの感染者数が世界中で増え続けています。日本では、クルーズ船ダイアモンド・プリンセス号の感染者集団から始まり、さらには隅田川の屋形船での感染者の群れなど、国内でクラスターと呼ばれている感染者の集団がいくつも発見され、しばらくは各地の感染状況では特定できるクラスターから感染経路が比較的多く判明できました。

感染経路が追跡できた状況では、いつかは収束に向かうと何となく期待を持てました。それが現在では新たな感染者の増加で感染経路が不明な人々の割合が増大し、東京都や大阪府などの県域全体が巨大なクラスターにも見えるようにもなりました。それだけではありません。ヨーロッパや北アメリカなど世界の国々で、新型コロナウイルス感染の大流行が進んでいることがテレビや新聞などで報道されています。

東京の感染状況をみると、現在、私たちができることは、感染防止に役立つマスク着用と手洗いの励行、そして集団感染の可能性がある場所に近づかないことに限られています。

集団感染が確認された場所は「1.換気の悪い密閉空間、2.人が密集している、3.近距離での会話や発声が行われる」という3つの条件が同時に重なっていました。これらの条件を満たす、換気が悪く、人が密に集まって過ごす密閉空間・密集場所・密接場所に集団で集まることを避けるだけで、多くの人々の重症化を食い止め、命を救えると言われています。

先日、ニューヨークに住む友人が新型コロナウイルス感染増大に怯えるニューヨークの街の状況を伝えてきました。そこでは社会的距離(social distancing)と言う言葉が使われ、人々が社会的距離として6フィート(1.8メートル)離れて屋外で行動することが行政から要請されていました。日本で指摘されている感染者集団の増加を防ぐ3つの条件も、距離を置いて行動することの重要性を示している点では共通しています。

新型コロナウイルス感染の世界的大流行で、海外からの入国者に二週間程度は公共の場で活動制限を国が求めたテレビのニュースでは、空港の入国管理を担当する場所がしばしば登場しています。その際、検疫(quarantine)と書かれた看板をよく目にします。ここで英語も示したのは、国際線の空港ですから英語表示が目立つのは当然ですが、この英語のquarantine(クォランティーン)の語源と考えられているイタリア語は40日を意味していたことに触れたかったからです。

英語の quarantine は、ペストが猛威をふるった14世紀のイタリアで、エジプトなどから入港した船舶を40日間、係留隔離したことに由来していると言われています。この結果、英語の quarantine は、「検疫」以外に、「隔離」、「隔離期間」という意味を持っています。

人類の歴史では、ある時代に感染症が猛威を振るった地域がいくつもありました。そこに住む人々にとって、危険な状況から距離と時間を置くことは生き延びるための重要な営みでした。現在、世界規模で大流行している新型コロナウイルス感染がもたらす危険な状況に、国民が距離と時間を置く対策を世界各国の政府が取っているのは、人類が感染症の危機に対してこれまで取ってきた過去の教訓を何とか生かそうとしているようにも思えます。



写真は多摩六都科学館の周りで満開になった桜の姿です。毎年、春になると必ずお会いできる大勢の来館者の皆さんの目を楽しませてきた桜も、今年は寂しく花の季節を迎えました。私たちも、春先の突然の臨時休校で、卒業や進学と関係した大切な学校生活を過ごせず、春休みにも臨時休館で多摩六都科学館へも行けない多くの子どもたちが、お家でどう過ごしているのか色々と想像して、皆さんにお会いできない寂しさを感じています。

寂しい春となりましたが、皆さんがご家族そろって元気な暮らしを続けられ、これまでの感染症の危機を人類が乗り越えてきたように、私たちも新型コロナウイルス感染の危機から無事に逃れて、ご来館の皆さんの明るい笑顔に再び接する機会がくることを願っています。

2月29日(土)に始まった多摩六都科学館の臨時休館は、現在の予定では5月31日(日)まで続きます。東京での新型コロナウイルスの感染状況が変わり、1日でも早く臨時休館を終了できる日が来ることを待ち望んでいます。






高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。 2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)