髙柳雄一館長のコラム

2020年11月一覧

過ぎ行く時のめぐみ

緑地で目にする木々にも、紅葉が目立つ季節になりました。猛暑の夏が終わり、ようやく秋に巡りあったと感じていたら、秋も深まり、暦の上では冬へと移行しはじめました。冬支度のシーズン到来です。春先以来、日本も新型コロナウイルス感染症の世界的流行に見舞われ、多くの人々が集う季節を代表する伝統行事がいくつも中止され、時には無観客や参加人員を制限して実施されてきました。それは、多摩六都科学館の活動からも知ることができます。

この半年以上、私たちは感染症を避けるためマスク着用や外出後の手洗い、さらには密集時に社会的距離を保持して三密を回避するなど、これまであまり意識しなかった生活習慣を身につける努力を続けてきました。無意識にマスクを着用せずに外出し、駅前で気が付いて、急いで帰宅して出直したことが何度もあったことを、今では私も懐かしく思い出します。

今年は、春の花見、夏の花火、秋のお祭りなど、季節ごとに人々が集い楽しむ機会を私たちは多く失いましたが、一方では新しく手に入れた生活様式があることにも気づかされます。
季節の変化を楽しむよりも、感染症の拡大傾向に対応して人間が過ごした年と言えるのかもしれません。そこには、過ぎ行く時間が人間にもたらす様々な影響をみることもできます。

過ぎ行く時間が人間にもたらす影響として、私にとって忘れられない話があります。それは、ある有名な研究所の所長さんの退任記念講演会で伺いました。この方は、組織の長として数々の難事業を推進してこられた方です。それは、「どんなに大変な局面に遭遇した時でも、明日になれば何とか見通しができるだろうと、一晩寝ると、必ず前夜に感じた局面に比べて酷くは思えなくなる」という体験談でした。一晩の過ぎ行く時間と、一晩の睡眠がもたらした脳活動のリフレッシュが連携して生み出した効果とも想像できますが、どんなに辛いことでも一晩寝ると前ほど辛くは感じないという現象は、私自身もこれまで数多く体験した事例だけに、納得できたことを覚えています。皆さんは如何ですか?

いずれにしても、辛い時間も過ぎるとそれ程辛くは感じなくなる体験は、過ぎ行く時間のめぐみとも言えます。辛いことや悲しいことに出会っても、それに耐え、後に続く時間に新たな希望を見出して生きている人間にとって、明るい未来への期待が持てるのも、過ぎ行く時間の中で、自分のできる手立てを考えることができるからです。私たちにとって、「過ぎ行く時間」がもたらす、こうした未来への希望は、時間が人間にもたらす最も貴重なめぐみかもしれません。

多くの皆さんにとって、今年は予期せぬ出来事に数多く出会った年となったに違いありません。残された月日も気になる季節になりましたが、過ぎ行く時間がもたらす時のめぐみをできるだけ有意義に使って、新たな年に希望が持てる年末を迎えたいと願っています。



上:イベントホールでの消毒の様子 下:しぜんラボの様子



10月18日、当館の屋上にて撮影。富士山も衣替えの季節となりました。

 


高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。 2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)