髙柳雄一館長のコラム

2021年01月一覧

共に過ごす時を祝って幸せを願う


あけましておめでとうございます。地球に住む私たち誰もが、共に新しい年を迎えました。
新年を迎えて、人々が交わす挨拶の言葉は国や文化で異なりますが、英語ではHappy New Year、スペイン語ではFeliz Año Nuevo、フランス語ではBonne année、ドイツ語ではEin gutes neues Jahr、イタリア語ではFelice Anno Nuovo、・・など、いずれの挨拶にも「新年」を示す言葉に、「幸せ」や「良い」を意味する言葉が結ばれていることでは変わりません。

めぐる時の節目に出会う人々が、共に過ごす時を迎えた事を祝い、それが良い事となるように願う人間の営みは、国や文化を超えて共通であり、時代を超えて今も昔も変わりません。

「新しき 年の初めの 初春の 今日降る雪の いやしけ 吉事」・・『万葉集巻二十 4516』
万葉集の歌人である大伴家持(おおともの やかもち)が、万葉集の巻二十に残した歌です。これは、万葉集に473首も残された大伴家持の歌の最後の歌であり、同時に万葉集に収められた歌全体の最後の歌でもあることで、大変有名な歌になっています。

上の句の「新しき 年の初めの」は、歌が詠まれた時が新年の元旦であり、続く「初春の」は、この日が立春でもあることを意味しています。この歌が詠まれた天平宝字三年(759年)は旧暦で元旦と立春が重なった特別な年だったからです。月の満ち欠けが示す月日と太陽の運行がもたらす季節のめぐりが重なった記念すべきお正月を迎え、大伴家持は、下の句「今日降る雪の いやしけ 吉事」で、今日降る雪のように、良き事よ 次々と重なれ、と締めくくり、新年を迎え、仲間と共に過ごす新しい時を祝い、良い事の到来を願っています。

お正月は、地球に住む誰もが共に過ごす時間を意識できる特別な時です。人々が交わす挨拶の表現や内容が、時代を超えて共通になっているのは当然かもしれません。時を共にすることを祝う挨拶は新年だけではありません。人間全員で共通とはなりませんが、人間なら誰もが持っている誕生日も、家族や知りあいなどと、その日に生きている幸せを祝い、互いに良き人生を願う挨拶を私たちは交わしています。こんな習慣を思い出すと、私たち人間は色々なタイプの挨拶を人生の大切な営みの中で、繰り返していることにも気づかされます。

挨拶を交わすのは、知り合いに会った時ばかりではありません。初めて出会った人々にも
私たちは挨拶し、お互いに過ごす機会を持ったことを喜び、それが幸せに結びつくよう願っています。こんな人間が持つ挨拶と言う営みを、宇宙にいるかもしれない知性ある生命体にまで試みた科学者たちの興味深い宇宙人への挨拶を最後に紹介しましょう。

多摩六都科学館のエントランス・ホールに入って、天井をご覧になったことのある方は、思い出してください。そこには1977年夏に地球を出発、太陽系の木星や土星、その衛星の表面を観測し数多くの新発見を重ね、太陽系を離れつつある現在も、活動を続けているアメリカ航空宇宙局NASAの無人宇宙探査機ボイジャーの実物大模型が展示されています。

この探査機には全く同じ1号と2号があり、1号の方は昨年12月11日には、既に地球から228億キロ離れた星々の世界を進行中でした。これらの宇宙探査機にはゴールデン・レコードと呼ばれているレコードが積まれていて、そこには地球上で人類が交わした55種類の言語で示された挨拶も録音されているのです。

この宇宙探査機を送り出した科学者たちが、宇宙で出会うかもしれない知性を持つ生命体を意識して、人類が過去に地球上で交わしてきた世界各地の55種類の言葉で挨拶を録音して宇宙へ送り出したのです。その内容を詳しく知りたい方は英語表記ですが、NASAのWeb をご覧ください。
日本語では、「こんにちは、お元気ですか?」と収録されていることが分かります。

宇宙人がボイジャーと何時か何処かで出会い、このレコードを再生して、収録されたこの挨拶に気が付くのかどうかはあまり期待はできません。しかし、人間の営みを特徴づける挨拶が、こんな科学者の試みにも使われていることを知ると愉快になりますね。

お正月は、一人では生きて行けない私たち人間が、仲間と出会い、共に過ごす時にお互いの幸せを願う、そんな私たちを特徴づける人間の営みを振り返ってみるのに最適な機会かもしれません。新しい年を迎え、今年が、皆様にとってより良き年となるように願っています。


 

 


高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。 2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)