髙柳雄一館長のコラム

暗黒星雲で辿る天の川

「石炭袋(せきたんぶくろ)」とよばれる世界が天の川にあることを知ったのは、子どもの頃、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を読んだ時でした。作品では、主人公のジョバンニと一緒に銀河鉄道の旅を続けた親友カムパネルラが、旅の終わりに、車窓から石炭袋を指さして、「そらのあなだよ。」と説明しています。やがて地上の風景の中で、ジョバンニは、この夜、カムパネルラが川に溺れてあの世に行ったことを知らされます。カムパネルラの死後の世界が天の川の石炭袋として描かれた様にも感じられて、子供心には印象に残る場面でした。

「石炭袋」を、この目で見たのは、1973年6月、アフリカ北部で見られた皆既日食の取材でケニヤに出かけた時でした。南半球の夜空に初めて接して、最初に探したのは南十字星でした。南十字星が見える夜空には偽十字と言われる南十字星より多少大きな十字に位置する星々もあり、不慣れな人がよく間違えてしまうことを知っていましたが、幸いにも同行した星座に詳しい仲間から、十字の左下にコールサック(石炭袋)が見えると言われ、南十字星を確認することができました。そして、その時、「銀河鉄道の夜」の場面を思い出しました。


(ウィキペディア「みなみじゅうじ座」より、左下にコールサックの一部が見える。)

天の川は、皆さんも良くご存じの様に無数の星々が、銀河と呼ばれる川のように帯状に集う世界です。天の川を構成しているのは星々ですが、天の川を良く見ると、影の様に広がる星があまり見えない世界が川筋に沿っていくつも存在していることにも気づきます。その場所の近くを双眼鏡や望遠鏡で見ると、周りの星々に照らされて色づいた星雲と呼ばれる天体がいくつも存在することも良く知られています。特にコールサックのように背後にある星々の光を吸収して暗黒の世界を生み出している天体は暗黒星雲と呼ばれています。

暗黒星雲が天文学者にとって重要な研究対象のひとつであることを知ったのは、1978年の7月7日に放送したNHK特集「30億光年の宇宙~大望遠鏡で見た銀河の驚異」の取材で、アメリカ、アリゾナ州にあるキットピーク国立天文台を訪れ、番組にも登場して頂いたビバリー・リンズ博士にお会いした時です。彼女はパロマー天文台スカイサーベイのデータを基に暗黒星雲を整理してカタログを作成し、暗黒星雲研究の発展に貢献した研究者でした。

暗黒星雲の世界ではガスとチリが広大にひろがり、炭素やケイ素からなるチリは氷に覆われ、そこではガス中の元素が結ばれて複雑な分子を生み出しています。暗黒星雲は分子の雲の集まりですから、巨大分子雲とも呼ばれています。輝く星々の世界に比べて温度の非常に低い世界ですから、赤外線天文学やサブミリ波の電波天文学の観測技術の発展によって、ようやく宇宙の営みの中で暗黒星雲が果たす重要な役割が捉えられるようになりました。暗黒星雲は、今や星、そして、星の周りに惑星が生まれる現場としても、天体物理学の最先端の話題を提供する世界となっています。

北半球で見る夏の夜空は、天頂近くに広がる夏の大三角を形成する星々から南の地平線近くに位置する「さそり座」まで、天頂から地平へと滝のように下る天の川の姿が印象的です。この星々が連なる天の川で、星がまばらになる暗黒星雲の連なりを探すことができます。「へびつかい座」の「へびつかい」が手に持つ「へび座」の東側、「へび座」尾部と呼ばれる部分もその中に位置しています。そこに潜む、星の誕生現場として有名な、ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した、わし星雲 (M16) 中心部の暗黒星雲「創造の柱」をご覧ください。


(ウィキペディア「わし星雲」より)

暗黒星雲の思い出から天の川をみてきましたが、暗黒星雲を星座として眺めてきた人々がいることを最近知りました。有名なのはインカの人々の星座です。ペルーのクスコにある太陽の神殿(Coricancha)に展示された星座をご覧ください。


(ウィキペデイア英語版「Coricancha」より)

インカの人々は、星々の光が描く天の川も地上の川の様に水が流れていて、暗黒星雲を水場に来た動物の影として想像していたようです。その結果生み出された星座では、画面右側から蛇、ヒキガエル、シギダチョウ、リャマの親子、キツネと牧夫を示していると説明されています。親のリャマの顔先にあるウズラにも似たシギダチョウが、南十字星の傍に見えるコールサックに当たることに気づくと、私たちが知る天の川の星座との違いに驚かされます。

暗黒星雲の思い出で天の川を辿って来ましたが、南半球の夜空を見てきた人々には、高い夜空に昇る天の川中心部に広がる暗黒星雲は、北半球に住む人々よりもはるかに印象深く眺められたのかもしれません。オーストラリアの先住民であるアボリジニの人々が想像した暗黒星雲を連ねた巨大な鳥であるエミューの星座を知るとそれを頷ける気がいたします。ここではコールサックがエミューの頭になっているのがとても印象的です。


(ウィキペディア「コールサック星雲」より)

今年の夏、プラネタリウムでご覧になる天の川の中に、皆さんも暗黒星雲の世界を想像してみると楽しいかもしれませんね。


高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)