髙柳雄一館長のコラム

2026年02月一覧

二月に出会う時のめぐり

日頃、予定を立てて暮らしている人間にとって、月ごとの日付や曜日を知りたいとき、直ぐ確認できるカレンダーは生活の必需品です。これを書いている部屋にも、よく見える壁面に一つ掛けてありあります。壁掛けのカレンダーには、眺めて楽しめる画像と合わせて、曜日と日付を月ごとにまとめて、一枚に十二カ月全てを表示したもの、一枚に二カ月を表示して六枚に綴じたもの、一枚に一月ずつ表示し十二枚を綴じたものが使われています。今、私が使っているのは一枚に二カ月を表示した六枚タイプのカレンダーです。

私たちは、予定を立てる時、カレンダーを見て曜日と日付を確認するわけですが、その際、カレンダーには、七つの曜日が月曜日から始まる表示と日曜日から始まる表示があることにも気づかされます。私が見ているカレンダーは七つの曜日は日曜日から始まり土曜日まで続いていて、その下に日付が記されています。多摩六都科学館のホームページに使われたイベント・カレンダーも同じタイプになっています。参考までにご覧ください。

 


多摩六都科学館の開館やイベント情報を知れる「イベント・カレンダー」

カレンダーは、地球に住む人間が時の流れの中で生活する際、過去から未来へ留まることなく流れ続く時間を体験して、時の流れ方に注目した人類が、年・月・日など、めぐる時間の存在を見つけ出し、それを単位にして整理し、人間社会で共有できる暦(こよみ)を生み出してきた成果とも言えます。

二月は日数が一年で最小になる月ですが、今年は、1日が日曜日、月末の28日が土曜日となり、日曜から始まる七つの曜日の下に日付を表示したカレンダーでは、曜日と日付がコンパクトに収まっていて、一年で最小日数となる二月を際立たせてもいます。今回は二月のカレンダーを基に人類が手入れた暦の仕組みを眺めてみたいと思います。

暦は、時の流れを年・月・週・日といった単位にあてはめ、数えられるようにまとめたものです。では、何故、二月だけが最小日数になっているのでしょうか?カレンダーを使い始めた子供の頃、最初に知りたいと思った疑問でした。さらに、28日は平年のときに限られ、閏年には29日になり、一年の日数を二月の暦が決めていることを知ると、それも含めた理由も知りたくなりました。

時の流れを数えるために人間が生み出した暦で使われている時間の単位は、「日」は昼夜を繰り返す日の出と日の入りをもとに、「月」は満ち欠けを繰り返す月の運行をもとに、「年」は太陽の運行が生み出す季節の移り変わりをもとにしていることは、皆さんもよくご存じでしょう。地上で生活する人間が、暮らしの中で目にする天体の運行がもたらす現象をもとに周期的に繰り返す時のめぐりを巧みに単位として捉えてきたことが分かります。

月の満ち欠けの周期をもとに展開された暦は「太陰暦」と呼ばれています。月の満ち欠けは太陽が生み出す月面の陰(かげ)を基準にした暦だと思えば分かりやすい表現です。これに対して、太陽の運行が地上にもたらす季節の移り変わりの周期をもとに展開された暦を「太陽暦」と呼びます。
ここに二つのタイプの暦が登場しましたが、問題は完全な太陰歴では一年が約354日になり、一年を365日とした太陽暦に比べて11日短くなるため、3年間で33日、およそ一カ月もずれてしまい実際の季節と大きく食い違ってしまいます。完全な太陰暦は、季節がずれてゆく性質上、季節に従って営まれる農業には不向きです。

農業は人間社会を維持するうえで不可欠な営みです。それだけに、太陰暦を生み出した多くの文明圏では、年よっては閏月を入れて十三か月にして季節変化とのずれを解消するなど、太陽暦による季節変化も取り入れた太陰太陽暦が作られて利用されてきました。古代中国文明で利用され、日本の暦にも取り入れられた暦は太陰太陽暦でした。これに対して、キリスト教文化圏と言える欧米諸国では、古代ローマで使われた太陽暦が採用されて発展したグレゴリオ暦が施行されてきました。幕末に開国した日本でも、欧米諸国との貿易が本格化すると、日付や年のずれからトラブルが発生し、世界中で広く使われていたグレゴリオ暦の施行が、明治5年11月に明治政府によって決定され、翌明治6年(1973年)から導入されて現在に至っています。

二月が平年では28日となり、閏年に29日なるのは、このグレゴリオ暦で定められているからです。グレゴリオ暦誕生の歴史をたどると、基になった古代ローマで使われていた暦では、現在の二月に当たる月が一年の終わりの月にあたり、一年の日数を二月の日数で調節していたことが今も続いているわけです。

二月の暦を特徴づけているものは日数以外にもあります。グレゴリオ暦以前の日本で使われていた太陰太陽暦でも特別に注目されていた節分、そして立春が存在していることです。節分の翌日である立春は、太陰太陽暦の中で、太陽暦として重要な日付となる二十四節気に当たります。具体的には太陽が一年間にたどる運行で、季節変化をもたらす特別な日、春分・夏至・秋分・冬至などに位置する特別な日付を指しています。

二月のカレンダーをみると、節分は2月3日、立春は2月4日になっています。私が子供の頃は節分の豆まき、「福は内、鬼は外」などの行事も行われましたが、最近では恵方巻の行事も有名ですね。ところで、昨年の暦が手元にある方は、ご覧ください。昨年は節分が2月2日、立春は2月3日でした。年によって二十四節気は変化するのです。これは太陽暦でも閏年がある原因と無関係ではありません。これまで一年を365日としてきましたが、一太陽年の長さは365.2422日です。太陽の一年間の運行で決める二十四節気の時刻は0.2422日(約6時間)だけ、つまり毎年約6時間ずつ遅くなっていくのです。

ゲレゴリオ歴では、二十四節気は1年ごとに約6時間ずつ遅くなりますが、4年ごとに1日(6時間×4)を入れた閏年となってほぼ戻りますが、少し早くなります。しかし、グレゴリオ歴では1800年・1900年・2100年は閏年としないので、前に戻らず約6時間遅くなる状態が続きます。閏年の入れ方が二十四節気の変動と関係していることにも気づかされます。

今回のコラム、二月のカレンダーを見て、人間が時のめぐりを巧みに捉えて生み出した暦の存在に触れてみました。二月の暦が捉えた28日、一年の月の中では、最小日数ですが、それを有効に利用して素敵な春を迎えたいと願って終わりにします。


国立天文  暦計算室  暦Wiki より

 

1939 年4月、富山県生まれ。
1964年、東京大学理学部物理学科卒業。
1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。
1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し1994年からNHK解説委員。高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)。