夏至のように天体の運行で暦を定めてきた人間にとって、昔と変わらない夜空に見える星々の配置から季節の推移を知る営みは、温暖化など地上の環境変化とは無関係なので、過去から未来まで、世界中で人類が共有できる時の経過を知る重要な文化遺産かもしれません。
夜空に見える星の配置と聞くと星座を思い出します。しかし、星空の配置を世界で共有できる現代の星座が定まる遥か以前から、人類は夜空に見える星々の中から、晴れていれば仲間と一緒に見つけられる星々を連ねて、時の経過に応じて変化する星空から貴重な情報を引き出してきました。そんな星々の連なりの一つに「北斗七星」があります。
ここでご覧いただく風景画は、オランダの画家ファン・ゴッホが、1888年9月に南フランスの町アルルで描いた「ローヌ川の星月夜」として知られる作品です。星空が描かれたゴッホの絵画には、これ以外に「星月夜」と「夜のカフェテラス」がありますが、星空で「北斗七星」を見つけることができるのはこれだけです。中学生の頃、画集でこの作品を初めて見た時、外国の夜空でも「北斗七星」を見つけることができることを知って、日本と同じ夜空が見える世界があることを気づかされ、妙に安心したことを思い出します。

「ローヌ川の星月夜」(Wikipediaより)
皆さんも「北斗七星」はご存知でしょう。初めて星空について学んだとき、星々があまり密集していない北の夜空で見つけやすい七つの星々を連ねると柄杓(ひしゃく)の形になり、「北斗七星」と呼ばれ、北の夜空で星々が回る中心に位置している北極星を見つけるのに役立つことを教えられた方々も多いと思います。私もその一人で、北の夜空を眺めるときには、まず星空で「北斗七星」を探してみる習慣は今も変わりません。
「北斗七星」が描く柄杓の先にある容器をかたどる星々の先端にある二つの星を結び、開口部の方へ、二つの星の間隔を約5倍真っすぐに伸ばしてやれば、そこに北極星が見つかります。北の星空で北極星の位置を知ると、周りに見える星々の動きも気になりますが、同時に、北極星を回る星々の中には、時が経っても地平線に沈まない周極星と呼ばれる星があることにも気づかされます。そして、北極星が夜空高くに見える場所ほど、北極星を取り巻く星空も広がりますから、周極星の数も増えることは想像できるでしょう。
地上で見る北極星の高さは、その場所の緯度によって変わります。このため、北海道北部では、「北斗七星」の七つの星は全て周極星となり、地平線に沈むことはありません。晴れた夜空で「北斗七星」を一年中、見つけることができます。ファン・ゴッホが「ローヌ川の星月夜」で描いた南フランスのアルルの町は北緯43度40分に位置し、札幌(北緯43度4分)よりやや北に位置しています。秋の夜空にゴッホが見た星月夜で、夜空に低く描かれた七つの星々は、お馴染みの「北斗七星」だと想像できることが分かります。
東京に住む私たちも一年中ではありませんが、季節によっては七つの星を全て見ることができます。そんな時、夜空を見上げて「北斗七星」を見つけ、北の空では北極星を探し、さらには「北斗七星」の柄をたどって知っている星座を見つけることもできます。
はじめに「北斗七星」は現代の星座が定まる以前から知られていた星々の連なりだとお話ししました。「北斗七星」は星座ではなく「おおぐま座」という熊を表す星座の尻尾に当たる星々です。そんなことも意識しながら、「北斗七星」が日没後、北北西に見える春から夏の夜空で季節の星座を見つけるのに役立つ様子をご覧ください。「北斗七星」の柄杓の柄の星を連ねて伸ばして行くと、「うしかい座」の一等星アークトゥルス、「おとめ座」の一等星スピカを通り、「うみへび座」の上で輝く「からす座」へと続く「春の大曲線」が出来上がります。「春の大曲線」と呼ばれる星の連なりは、夜空で春の星座を見つけるとき、とても便利な星々の連なりであることを示しています。

プラネタリウムで投影した春の大曲線
「北斗七星」や「春の大曲線」など、星座でなくとも季節の夜空を飾る星々の連なりは、星空にいくつもあり、「冬の大三角」、「夏の大三角」、「秋の四辺形」などが有名です。この様な星の連なりを英語ではアステリズム、日本語では星群とも呼んでいます。今回のコラムはこんな星々の連なりが季節の星空を知るときとても役立っていることを紹介しました。
日本の6月は梅雨の季節です。それだけに晴れた夜空に出会う機会も多くはありません。皆さんには梅雨明けの夏の夜空にも思いを馳せて、多摩六都科学館のプラネタリウムの新番組「じっくり北斗七星」で出会う「北斗七星」をご覧いただければと願っています。
髙柳雄一(たかやなぎ ゆういち)
1939 年4月、富山県生まれ。
1964年、東京大学理学部物理学科卒業。
1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。
1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し1994年からNHK解説委員。高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)。











