髙柳雄一館長のコラム

「とき」一覧

多事多難の秋(とき)に際して

秋分の日も過ぎ、暦の上では秋も半ばを過ぎました。多摩六都科学館の前庭からエントランスホールへと下るアプローチに沿って、夏以来、皆さまをお迎えしてきたマリーゴールド。その黄色い花壇も、秋の深まりと共に目立たなくなり始めました。猛暑の夏の後に訪れた今年の秋は、日本付近に停滞する秋雨前線へと、南の海で立て続けに発生した台風などから湿った空気が流れ込みました。その結果、線状降水帯が形成されて想定外の広い地域に水害をもたらし、日本各地で大きな被害が出たことは記憶に新しいところです。

多摩六都科学館のマリーゴールド



今年は最高気温40℃以上の酷暑日が気象情報で登場し、近年の暑い夏の観測記録をさらに塗り替える数値も報告されました。秋に入ってからも、停滞する線状降水帯がもたらした大雨など、これまでには見られなかった異常気象が目立つ年になっています。こうした大災害は日本国内だけにとどまりません。8月26日、ネパール・中国国境付近で発生した土石流を伴う大水害の被害も莫大なものでした。この災害も温暖化の進行が引き起こした気候変動によるものだ、という科学者による報告もあります。今年はまさに、世界各地で気候変動による深刻な気象災害が発生していると言えます。

9月は秋分を経て夜が長くなることから「長月(ながつき)」と呼ばれてきましたが、今年は秋の長雨が目立った、文字通りの長月になったと言えなくもありません。いずれにしても温暖化による異常気象が夏だけではなく秋にまで影響を広げ、言葉通り「多事多難の秋」となっています。ところで、この秋を今回のコラムのタイトルでは「とき」と表記したことに、皆さまは気づかれましたか?

国語の辞書などでお調べになると分かりますが、漢字の「秋」は「みのる」や「とき」と読むこともできます。農作物の収穫が期待できる実りの秋が「みのる」と読めることは容易に分かりますが、一年のある期間に限られる秋を、なぜ「とき」と読むのでしょうか。手元にある国語辞典を引くと、「『秋』を『とき』と呼んで、事に当たって特に重大な時期」とあり、事例としては「危急存亡(ききゅうそんぼう)の秋(とき)」「千載一遇(せんざいいちぐう)の秋(とき)」が挙げられています。私自身、「危急存亡の秋」という言葉は知っていました。そこからヒントを得て、今回のタイトルも「多事之秋(たじのあき)」という漢語表現を借りてみた次第です。

秋を「とき」と読むのは、危急存亡の時のように、実りの秋もまた「人間の営みにとって大切な時間」を意味していると考えると、多少は理解できるように思えます。そう考えてみると、現代に生きる私たちは、気候変動がもたらす異常気象の頻発によって、大災害に直面する非常事態のただ中を過ごしているのかもしれません。地球文明の存続にも関わる気候変動の進展を、人類の英知を集めて遅らせようとする世界的な試みも進行中です。私たちにもできることがあれば、それに協力すべき局面にいることを自覚すべき時なのではないでしょうか。

多事多難な秋(とき)を迎えた今年の秋。地球上で過ごす時間の中で、季節の推移がもたらす秋は誰にとっても一期一会の瞬間にすぎませんが、人類全体にとっても文明の持続に関わる重大な「とき」であることを意識して過ごしてみたいものです。最後に、皆さまにとって今年の秋が、さまざまな意味で豊かな実りをもたらす素敵な季節となることを願って、今月のコラムを終わります。

髙柳雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。
1964年、東京大学理学部物理学科卒業。
1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。
1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し1994年からNHK解説委員。高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)。