髙柳雄一館長のコラム

季節の変化を楽しむ

 待っていた春も桜の花が散ってしまうと終わったような気がします。先日、散り終わった桜の花びらが点々と石畳の歩道に淡いピンクの印を残す中、神田川沿いの道を歩き季節の移ろいを楽しみました。道の周りを見上げると歩道沿いには花ミズキの紅白の花が所々に目立ち始めています。春から初夏へと変わり行く植物たちの活気に満ちた営みにも気づかされ、人間だけでなく草木も季節の移ろいを楽しんでいるような気がしました。

 夜空に関心のある方々は、季節の移ろいを星々の世界で発見する楽しみもご存じでしょう。日が沈み、夜空が広がると、冬の星座「オリオン座」は既に西の地平線近くに傾いています。この季節、日没後、今年は輝きを目にする一番星は「ふたご座」に位置する木星です。近くに冬の大三角形の頂点を描く「おおいぬ座」の一等星シリウスを見つけると西の地平線近くで冬の星座をいくつか辿ることもできます。季節の移ろいを楽しむには西に沈む冬の星座に対し東から南の空に登場する春の星座も発見しなければなりません。今年は春の星座「おとめ座」には約2年2カ月ぶりに地球に接近した火星が輝きを一段と増して位置しています。「おとめ座」の一等星スピカの青白い輝きと近くで目立つ赤い火星は、この季節の夜空を眺める楽しみをさらに盛り上げてくれています。

 地上で咲く花に接し、夜空で星座を眺めて季節の移ろいを楽しむ人間の営みには、毎年巡るお馴染みの時の流れに今年もまた出会えた安心感もあるようです。考えてみると、絶えず変化する生息環境の中で安定な生命活動を維持し、子孫を生みだしている地上の生物全てにとって、季節の変化を知ることこそ生きて行く上では必要不可欠な営みです。 季節の花々は、植物たちが季節の変化を知り正しく対応している営みの現れと見ることもできます。花を愛でる人間の心の中には、花の美しさに触れた喜びと同時に地上の植物たちの正常な生命活動に触れた安心感もあるような気がします。人も草木も共に予期して待っていた季節の到来と移ろいを知り、地上に出現して以来過ごしてきた世界がこれまでと変わらずに今も続いていることを確かめているのかもしれません。

 季節の移ろいを告げる生き物たちの変化に比べて天体の運行が示す季節の移ろいは、地上の環境変化に直接対応したものではありません。季節によって夜空の同じ時間に見える星座が変化するのは、太陽を回る地球の公転の結果であることはご存じの方々も大勢いらっしゃるでしょう。春夏秋冬という季節変化が地上に対する太陽の運行する昼の空に占める高さが季節によって異なるからです。北半球の春が南半球の秋に当たるのもこの関係から頷けます。
 生活している身近な世界の季節の変化を花咲く植物の営みで楽しみ、地球上での季節の移行を天体の運行で確認する人間の営みを取り上げてみましたが、その背後には生息環境の変化に敏感に反応して生活してきた私たち祖先が季節を知るために長い間に身に付けてきたいくつもの習慣が反映していることにも気づかされます。

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髙柳雄一館長

高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学 系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフ・プロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。

2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)