髙柳雄一館長のコラム

星の思い出にみる私の年輪

クリスマスが近づくと、毎年思い出す子供の頃の星の思い出があります。幼稚園のクリスマスの行事で、「あ!お星さまが見える!」と大勢の仲間の前で声をだしたことです。この言葉を今でも思い出すのは、子供ながらにも忘れないようにと務めた記憶があるからです。

それは5歳の時でした。戦時中でしたが、この体験がクリスマスだったと覚えているのは、通園していた富山市にある青葉幼稚園はカナダのキリスト教宣教師、マーガレット・エリザベス・アームストロング婦人がキリスト教保育に基づいて1911年に開園した幼稚園で、キリストの誕生を祝うクリスマスの行事は戦時中にも関わらず実施されていたからです。

当時は食料も乏しく、園児へのクリスマスの贈り物は、小型の乾パンを幾つか入れた白い紙袋で、棘のあるヒイラギの葉と赤い実で袋が飾られていたことを覚えています。私が言葉で示した星は、キリスト誕生時に夜空に出現したと言われているベツレヘムの星でした。この星を東方で見た三人の博士たちが、ベツレヘムを訪れて、幼子のキリストを礼拝したと言われていることを知ったのは、日本でもクリスマスが季節の行事となった戦後のことです。

この後、一生忘れられない星への思いを抱いたのは6歳の時でした。終戦間近の8月初め、富山市が大空襲を受けた夜半過ぎ、母と溝の中へ逃げ込み二人で過ごした際、周りで燃え続ける木越しに夜空に一つの星を見た時です。この時、星を眺めている自分を意識してまだ生きている事を確認し朝を迎えることができました。それは自分が星と同じ世界にいる事を確信する機会となりました。その後、宇宙に興味を持ち学びだした原点となっています。

幼稚園でベツレヘムの星を見つけた役で始まった、私の星の思い出は、大学で天文学を学び、NHKに入って科学の番組を担当し、その中でも宇宙を描く特集番組をいくつも演出企画して素晴らしい星空の話題を茶の間へ届けた体験へと繋がります。

大学で太陽の科学を専攻したこともあり、1973年、海外取材番組「太陽と人間」シリーズでは、この年、アフリカで見られた皆既日食とポーランドで開かれたコペルニクス生誕500年祭を取材した番組も演出しました。夜空の星をテーマにした番組では1978年、七夕の夜の総合テレビで放送したNHK特集「30億光年の宇宙」で、アメリカのキットピーク国立天文台を取材した思い出もあります。

イタリアのパドヴァにあるスクロヴェーニ礼拝堂に残る、星を見て東方からベツレヘムのキリストを訪ねた三人の博士を描くフレスコ画の存在を知ったのは1985年でした。この絵の作者は1301年に出現したハレーすい星を画面の中のベツレヘムの星として描いていました。地球の夜空に76年ぶりに出現するハレーすい星を取り上げた1985年11月1日放送のNHK特集「これがハレーすい星だ」では、この事を紹介する場面もありました。

ヨーロッパ宇宙機関はハレーすい星に接近し、すい星の正体を宇宙から探査する探査機にこの有名な絵画の作者名を使い、「ジオット」と命名しました。1986年3月14日の夜に放送したNHK特集「これがハレーすい星の正体だ」では、この日、ハレーすい星に最接近したに探査機「ジオット」が、ハレーすい星のコマと呼ばれる先端に潜む、すい星の正体をとらえた画像を紹介することができてホッとしたことを思い出します。

ジオットはベツレヘムの星としてハレーすい星を描きましたが、ベツレヘムの星の正体はいまだに謎です。ケプラーなど有名な天文学者たちがこれまでに色々な説を唱えています。興味をお持ちの方は、現在、多摩六都科学館のプラネタリウム生解説で取り上げられている「ベツレヘムの星」を是非ともご覧ください。

星の思い出を辿る試み、最後は実際にクリスマスの夜に見た星空です。1989年12月24日、私はチリのラス・カンパナス天文台に居ました。総合テレビで1990年に放送したNHKスペシャル「銀河宇宙オデッセイ」シリーズで使う星空を探る科学者の営み、望遠鏡を通して見える天体などを2週間近くかけて取材し、この日の夜半過ぎに全て完了しました。クリスマス・イブのお陰で、最後に貴重な2.5メートル反射望遠鏡の使用が許可され、テレビカメラを装着して、オリオン大星雲の細部まで丁寧に録画できたことは忘れられません。

天文台の食堂があるロッジ近くの山へ登って、ここでの夜空の見納めをしようと誘われたのは夜半過ぎ、正確には25日の薄明に近かったかもしれません。山上からは、新月直後でほとんど欠けた月が東の山の端に見え、近くに明るい星がポツンと一つ見えました。夏の星座「さそり座」の一等星アンタレスでした。私は急いで反対側の地平線に冬の星座「オリオン座」の星々を探しました。そして、まだ薄暗い西の地平線に縦に並んで沈みつつある「オリオン座」の三つ星を見つけました。夜空の星と同じ世界で時を過ごす自分の再発見でした。

今年は冬至を迎える12月21日、晴れていれば日没後の低い夜空で木星と土星が大接近して見えます。夜空の星々が、私たちの生きている世界の不思議さに気づかせてくれることに感謝して、新しい年を迎えたいと願っています。


ジオット・ディ・ボンドーネ 「東方三博士の礼拝」


全編生解説プラネタリウム「ベツレヘムの星」
11/16(火)~12/27(日)

 


高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。 2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)