髙柳雄一館長のコラム

隣の惑星・火星を眺めて

 地球に最接近した日は生憎の曇り空で眺められなかった火星も、次の日は雲の晴れ間から赤く輝く姿を見る事ができました。予想した位置にあり、周りにある星座を描く星に比べ、広がりのある赤い輝きから、それが火星であることを確信しました。
 ニュースで話題になり、科学の予測通りに地球に最接近した火星が夜空に輝くことは信じていましたが、次の日にとは言え、自分の眼でそれを確かめることができて、何故かホットした気持ちになりました。その後は、晴れた夜空に目立つ火星を見る機会に久しぶりに出会えたことを喜びながら夜空を楽しんでいます。

 私たちは、自分が信じている知識を感覚で納得できるとき、ある種の喜びを感じるためでしょうか、未来を予測した知識に出会うと、それが確認出来るという期待感を持ってしまいます。地球に接近した火星が日頃見る姿より、明るく赤く輝いて見えることは、これまでも火星接近の機会に何度も接し、その度に目で確認し、その都度、期待を満たされてきました。
 そんな火星の地球接近ですから、わざわざ目で見るまでも無いように思えます。しかし、今回は前回に比べてどのように見えるのだろうか、そんな期待にも動かされ、火星を眺めている自分を発見すると不思議な気がいたします。

 火星接近のニュースでも説明されていましたが、地球と火星が太陽を回る軌道上で近づく機会は凡そ2年2ヶ月毎に訪れます。その時、太陽に近い内側の軌道を進む地球と外側の軌道を進む火星が丁度並んで同方向に移動していると想像するとその関係が分かります。地球と火星の距離はこの時に最短になるのですが、その距離は接近の度毎に違っています。
 今回の最接近は中接近とも言われる様に次の最接近のほうが大接近になっています。その理由は惑星の軌道が太陽を中心とする円ではなく、太陽を一つの焦点とする楕円になっているからです。火星だけでなく、太陽系の惑星の軌道が太陽を一つの焦点とする楕円になっていることは、ヨハネス・ケプラーによって17世紀に発見されました。この関係はケプラーの法則としてまとめられていますので、ご存知の方もいらっしゃるでしょう。
 ケプラーが太陽を回る惑星の軌道が楕円であることを発見できたのは、彼が仕えた偉大な天体観測者ティコ・ブラーエが残した膨大な火星の観測記録を利用できたからです。ケプラーは、この火星の観測記録を使って、太陽に対して火星が辿る軌道を克明に導き出し、それが楕円軌道であることを発見したのです。天体の軌道は完全な円だと人類が長年信じてきた天の法則に、ケプラーが新たに楕円を持ち込んだ背景には、残された観測記録への揺ぎの無い信頼があったことが分かります。

 ケプラーの導き出した法則は、それが予測する幾つもの天体現象の確認で実証され、現在では人類が宇宙を探り、宇宙を知る営みの中で不可欠な理論となっています。夜空に目立つ火星を眺めるとき、科学を発展させてきた理論と観測の関係の重要性を物語る科学の歴史の貴重な事例を思い出す機会にもなります。
 日本では真夏を迎える前に梅雨の季節が到来しますが、貴重な晴れた夜空に、赤く光を灯す火星の姿をみて、隣の惑星が天文学の歴史の発展にどんな役割を果たしてきたのか、そんなことにも思いを馳せて眺めてみては如何でしょうか?

火星2

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髙柳雄一館長

高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。

2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)