髙柳雄一館長のコラム

星になったルーシー ~太陽系惑星形成時の化石を探る~

駅前の広場では夕方になると夜の電飾が目立ち始め、昼間も忙しさを感じさせる人々の姿に接する機会が多くなりました。私たち人間にとって、行く年くる年に思いをはせる12月は、一年で最も時の移り変わりを意識する季節かも知れません。

時の流れがもたらす世界の移り変わりの中で、好奇心旺盛な科学者たちにとって化石と言える物質の存在は、見えない時間が見える物質に残した「時間の情報」を知ることが出来る貴重な存在です。今回のコラムは、今年の秋、NASAが始めた太陽系形成初期の惑星の化石といわれる小惑星群を探査する小惑星探査機ルーシーについて書いてみます。

ルーシーと聞いて、皆さんは何を想像しますか? ルーシーは1974年11月24日、エチオピア北東部で発見された猿人化石につけられた名前です。今から320万年ほど前、既に二足歩行していたルーシーは、25歳から30歳ぐらいの女性とされています。身長1.1メートル、体重29キログラムと推定できる全身の約40%の骨がまとまった化石は考古人類学者にとって貴重な発見でした。発掘された夜、発見者たちがお祝いをして聞いたビートルズの「Lucy in the Sky with Diamonds」に因んで、この化石はルーシーと命名されました。太陽系惑星形成時の化石とされる小惑星を探る探査機の名前に使われたのも頷けます。

小惑星探査機ルーシーを紹介するNASAのWEサイトに登場している公式ロゴは、ビートルズの歌詞で使われたダイヤモンドの形にまとめられています。そのダイヤモンド内部の左側にはルーシーの化石が、真ん中には両側に10角形の太陽電池パネルを広げ地球との交信に使われる丸いアンテナと小惑星表面を探査観測する機器を付けた小惑星探査機ルーシー本体が描かれ、右側には接近し探査する予定の小惑星も描かれています。



小惑星探査機ルーシーは2021年10月16日に打ち上げられました。この探査活動は2033年まで12年間を費やす長い期間のプロジェクトです。その理由は、ルーシーが探査する太陽系初期の惑星形成に関わった小惑星の群れが位置する場所が、太陽を回る木星軌道付近にあり、そこに至るまでに長い時間が必要になるからです。

簡単に説明しますと、一般に太陽系の内側に位置する小惑星は、火星軌道と木星軌道の間にある小惑星帯と呼ばれる場所と木星軌道付近に集まる小惑星が大多数を占めています。特に木星の前方と後方、木星の軌道近く二カ所に群がる小惑星はトロヤ群と呼ばれています。

小惑星帯よりもさらに遠い木星軌道付近にあるトロヤ群に含まれる小惑星には、太陽系惑星が形成された際、太陽系の外側で形成された小惑星も含まれている可能性があります。太陽系惑星形成時の化石と言いえる小惑星とルーシーが出会える可能性もそれだけ大きいと期待されています。



小惑星探査機ルーシーはこの二つのトロヤ群を訪れます。ギリシャ神話のギリシャ軍とトロヤ軍が引き起こしたトロヤ戦争の故事に基づき、木星軌道の前方のトロヤ群は、二つを区別する場合はギリシャ群と呼んでL4と表記され、木星軌道の後方のトロヤ群は、そのままトロヤ群と呼びL5と表記します。この表記で示すと、小惑星探査機ルーシーは地球出発後、非常に複雑なコースを辿り、まずL4を通過し、最後にL5でミッションを終了します。

小惑星探査機ルーシーが辿る軌道をご覧になれば、12年間の半分以上が移動に使われ、2021年10月16日の打ち上げ後、ルーシーは地球近くを3回も通過して地球の重力を利用して軌道を変えていることも分かります。



いずれにしても、トロヤ群小惑星の観測開始は6年後の2027年8月以降となり、これ以降6年間、7個の小惑星をフライバイして小惑星表層の元素組成や地形を観測して行きます。



この画像は、2033年3月3日にL5に属する小惑星パトロクロス(直径113キロメートル)と小惑星メノイティオス(直径103キロメートル)を探査するルーシー最後の観測を描いた想像図です。

興味深いのは、探査機ルーシーは、最後にトロヤ群L5に属する二つの小惑星を観測した後、そのままトロヤ群に留まり、人類の宇宙での科学探査活動の跡を残すタイムカプセルとして、ある意味では地球文明の化石となる予定になっていることです。

そのためなのでしょうか? 未来の地球人がルーシーの機体を発見した際を予想し、ルーシーの機体には、打ち上げ時の太陽系惑星の配置図と地球人の活動を示すアインシュタインや著名な文学者など20人のメッセージを記した金色の記念板が付けられています。



そこには、「Lucy in the Sky with Diamonds」の作者の一人、ポール・マッカートニーのメッセージ「And in the end the love you take is equal to the love you make.」と、もう一人の作者ジョン・レノンのメッセージ「We all shine on . . . like the moon and the stars and the sun.」も含まれています。

これからは夜空の木星を眺め、そこに星になったルーシーを想像することもできる時代に私たちは生きているのです。

 


高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)