髙柳雄一館長のコラム

行く春に思うこと

上空に寒気が居すわると三寒四温と呼ばれる冬のなごりが目立った天候も収まって、二十四節気では、冬ごもりをしていた虫が地上にはい出ると言われる啓蟄(けいちつ)、そして、春分を迎える三月になりました。冬のなごりの荒々しさに続く、あたたかい春を、「三月はライオンのようにやって来て、子羊のように去ってゆく」と述べたイギリスの諺を思い出します。

毎年春先の晴れた日に、陽ざしを求めて戸外を散歩すると、街角の垣根越しに梅の古木を目にします。その枝先に、綻びた梅の花を発見すると、やがて訪れる桜の開花にも期待が膨らむ日々がやってきます。三月は誰にとっても行く春を物語る花たちの姿を楽しめる素敵な季節です。

そんな花の季節ですが、一方では三月半ばを過ぎると、毎年、卒業式や卒園式、送別会など人間社会の営みに不可欠な行事の予定が集中しています。大げさに言えば、三月は人生の生活様式の区切りの時節を感じさせる機会に出会う月にもなっているような気がいたします。

地表の季節が太陽の運行で巡る大地にすむ私たちは、一年を周期とした季節の起点として、冬至の10日ほど後に元旦を迎える太陽暦を使っています。自然環境の変化に対応して生活している私たちは、一年の中でも年末の12月と年始の1月には、特に時の流れを意識して過ごすことは当たり前にも思えます。

これに対して三月は、日本では春分の10日ほど後に迎える4月から始まる新年度を意識する年度末に当たる月となっています。仕事や学業など、社会的仕組みの継続発展に合わせて年度と言う周期的な時の流れを意識し、その起点を4月1日に設けたことは、人間が社会的営みを続ける歴史の中で生み出した生活の知恵の一つといえるかもしれません。

いずれにしても、自然環境の変化に対応した歴の上の年と、社会生活の継続に対応した年度と呼ぶ、二つの周期的な生活の区切りを利用して、私たちは一年を過ごしていると言えます。

今年も年度末に当たる3月を迎えました。皆さんの中にも、花の季節の到来に期待が持てる一方で、この春が卒業式や卒園式で、仲良くしてきた友人との別れの機会ともなる人々や、新年度に職場を変える同僚との別れを予定する方々もいらっしゃると思います。

3月は、花との出会いと同時に知り合った人々との別れが重なることも多く、人生にとって忘れられない体験をする月でもあります。今月のコラムは、行く春を思い、皆さんが人生の貴重な思い出を得られることを願って終わりにしたいと思います。

▲館庭の梅の木 (2023.2.26 撮影)

▲駐車場の草むらにはたくさんのふきのとうが顔をだしています (2023.2.26 撮影)




高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)