
模型機体で側面に見えるのは、正確にはゴールデン・レコード盤を入れた円盤状のジャケットで、地球人からのメッセージの再生方法を示す画像も記された金色の円盤はよく目立ち、意識すればすぐ見つかります。ゴールデン・レコードの内容については、以前このコラムで紹介していますから、それをご覧ください。いずれにしても、宇宙探査機に地球人から宇宙人へのメッセージを載せた、ボイジャー計画を担当した人々が、当時、どんな思いでこれを実行したのかを考えると、現代の地球人としても興味は尽きません。

ボイジャーに託された
ゴールデン・レコード。

ゴールデン・レコードのジャケット(写真は当館に展示されているボイジャー実物大模型)
プラネタリウムで星空を眺め星々の解説を聞くとき、入場前に眺めたゴールデン・レコードを思い出し、星空の中に地球外の文明を想像するに至った私達の文明の歴史で、夜空の星々が果たしてきた多様な役割にも気づかされます。地球に住む人類は、夜間に出会う星々の配置に規則性を発見し、星座を生み出して来ました。星座の世界は、祖先から子孫に至るまで、人類にとっては、ほぼ変わらぬ光景を見せてくれます。その結果、黄道上に位置する星占いの星座は、太陽や月の運行情報を伝え、農業活動に不可欠な季節を巡る暦を提供し、惑星の継続した観測から発展した天文学は、自然を観察し、実験で得られた知識を基に法則を発見し、人類全体で共有して蓄積できる自然科学を生み出してきたとも言えます。現代の地球文明を支える科学の発展で、星空が果たした役割は計りしれません。
電波観測による地球外文明の探査は1960年に始まり、今も続けられています。現在では、太陽系以外で惑星を持つ星々が続々と発見され、中には表面に液体の水が存在し、生命活動も期待できる惑星が数多く観測されています。しかし、地球外文明の存在は未だ確認されていません。太陽系を離れつつある宇宙探査機ボイジャーに搭載された原子力電池
もやがて寿命が尽き、通信はできなくなります。勿論、ゴールデン・レコードが宇宙人に届いたかどうかも確認できません。地球外文明を探し、できればコンタクトしたいと願う地球人にとって、それが実現できない条件としては、人類には避けたい状況ですが、地球文明の滅亡という事態です。
1945年、核兵器が使用されて以来、核戦争による人類の滅亡で、地球文明が崩壊する可能性も高まりました。地球文明の行く末に核戦争の脅威を強く意識した地球人も少なくない時代が始まり、「アメリカ合衆国の科学雑誌「原子力科学者会報(Bulletin of the Atomic Scientist)」は、1947年以来、核戦争などによる人類の絶滅を午前0時になぞらえ、絶末までの残り時間を、「0時まであと何分(秒)」と象徴的に、毎年、表紙に描かれた時計で示してきました。今年1月28日、「世界終末時計」と呼ばれるこの時計が示した残り時間は89秒でした。
ゴールデン・レコードの作成に大きく関わった人物に、ボイジャー計画で指導的役割を果たしたカール・セーガン博士の夫人アン・ドルーヤンさんがいます。1998年夏、ニューヨークで彼女に会う機会がありました。その時、「1977年は、核兵器の開発がソ連とアメリカの間で激化し、収拾がつかなくなっていた年なんです。人類の未来に危機感も生まれていました。」と聞いたことを覚えています。ゴールデン・レコードを宇宙へ送り出した担当者には、地球文明存続の危機感もあったようです。しかし、1977年の世界終末時計では残り時間は9分でした。今年、世界終末時計が最短の89秒になったのは、それ以来、核戦争の危機以外に温暖化など、地球文明を終末に導く要因が私たちの環境に増大していることを示しています。
プラネタリウムの星空を眺めて地球外文明にまで思いを馳せると、私たちの地球文明の未来が気になります。地球で過ごした人々が、地上の色々な場所で見た過去・現在・未来の星空を、いずれも再現できる自然界には存在しないプラネタリウムの機能に気づくと、知性を持つ宇宙人の文明でも利用されているかもしれないと思いたくなります。皆さんもプラネタリウムが生み出す世界で地球文明について思いを馳せてみてください。プラネタリウムは宇宙の中で誕生した知性を持つ生き物だけが作りだせる世界かもしれません。
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髙柳雄一(たかやなぎ ゆういち)
1939 年4月、富山県生まれ。
1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し1994年からNHK解説委員。高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)。