髙柳雄一館長のコラム

花の季節に気づくこと

桜の花見が話題となる季節がやって来ました。3月に入って、散歩先で桜の樹々に出会うと、立ち止まって枝先を眺め、つぼみの膨らみを発見しては春の訪れをひとりで感じていました。中旬も過ぎると、テレビの気象情報でも、寒暖をもたらす高低の気圧配置に加え、南北に延びる日本各地でのサクラ開花満開予想も登場するようになりました。家族や知人とサクラ前線の動向を話題にし、花見の計画を既にされた方もいらっしゃるでしょう。


 

花見の予定を考える時、桜の花を眺めた様々な思い出も蘇ります。子どもの頃、入学式の際、校庭で母親と眺めた桜並木、転校して下校時、友人と眺めた奈良公園の桜の樹々、父親と眺めた吉野山の遅咲きの山桜を見たこと、職場を共にした仲間と桜の樹々の回りに陣取って花見の宴を楽しんだこと、花見を共にし、その後別れてしまった人々の存在にも同時に気づかされる花見の思い出がいくつもあります。花見の思い出は、これまで出会って別れた人との思い出に何時も重なっているようです。

春の彼岸を過ぎたころに開花し、一週間足らずで満開を迎える地域では、満開前後の花見の季節は、子どもたちにとっては卒園・卒業・入学・進学、大人にとっては職場の移動、転勤、転職、退職などの季節にも当たります。学びの場でも、仕事の場でも、共に過ごしてきた仲間との別れと、それに続く新しい仲間との出会いの季節が、花の季節になっていることに気づかされます。花の季節は、日本人が社会的に集団活動を営む組織にとっては事業年度、会計年度として一年を区切る年度の変わり目にも当たっています。

子供の頃、新年を迎えたお正月、親から「一年の計は元旦にあり」と教えられ、一方で、新年度を迎えた新学期に、新たな学習計画を立てるように言われ、不思議な気がしたことを思い出します。自然の巡りを反映した暦で決めた一年に、社会活動の巡りで決めた年度と言う一年の区切りを設けているのも、計画を一度ならず練り直す機会の大切さを考えた人間の工夫かもしれません。私たちの住む世界を彩る自然、そこで営まれる社会、自然と人間が共に生きる世界をこの春も楽しんで過ごしたいものです。

寒暖を繰り返す春先、春の訪れを期待して戸外で出会う花は、季節の移り変わりを示す貴重な存在です。冷たい風に凛々しく咲く紅白の梅、温かみを帯びた桃の花の登場、そして多摩六都科学館の館庭には、雪柳の花が咲き誇り、つぼみを開きはじめた桜の花が皆さんをお迎えています。
今年度もよろしくお付き合いください。


 

 

 

髙柳雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。
1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し1994年からNHK解説委員。高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)。