髙柳雄一館長のコラム

イカロス、リュウグウ、夜空に見る人間の営み

2018.04.08 15:29:14
テーマ:館長コラム 

春を際立たせた桜の花も今では葉桜に変わり、公園で見上げる木々も新緑に覆われて、春から夏にかけて季節の流れを意識させてくれます。短いとは言え、子どもたちの春休みに接した方々には、花の話題と、新年度を迎える心構えに多少の緊張を伴った思い出を重ねられた人々もいらっしゃることでしょう。

変化に富む地上の風物を楽しみながらも、科学館に勤めている私の方は日々WEBで触れる科学の世界の新しい話題に出会う生活も楽しんでいます。最新の科学研究が繰り広げる新しい宇宙や物質、生命世界での発見、それに伴って展開される新しい世界観は、時には地上で目にする世界の見方にも面白い影響をもたらすことが少なくありません。

今回は、そんな事例を示す宇宙の話題に触れたいと思います。宇宙では遠くを見ると過去が見えると言われます。光の速度が何処でも常に一定な宇宙では、光で見る遠い宇宙の姿は、そこから光が地球にやってきた時間だけ過去の姿を示しているからです。太陽からの光も、約1億5千万キロメートル離れた太陽から約8分を経て地球へ届いた光で、私たちが見る太陽は8分前の姿になります。太陽より遠くにある夜空の星たちは、いずれも過去の姿を示していることが分かります。私たちは夜空を見る時、宇宙の過去に接しているのです。

 最先端の宇宙科学は、この宇宙の不思議な特徴を活かして、遠い過去の宇宙の姿を続々発見してきました。今回、紹介するのは地球から約90億光年彼方から届いた一つの星の観測です。星の大集団である銀河や、銀河の群れはハッブル宇宙望遠鏡やすばる望遠鏡など大口径の望遠鏡で観測されていることは良くご存知でしょう。しかし、私たちの太陽系が属する天の川銀河以外の銀河では、その中の個々の恒星を捉えることは容易ではありません。ましてや、90億光年も彼方の宇宙での星の観測は人類最初の業績です。

 今回の観測は、ダークマターも含めた宇宙に存在すると考えられる物質がもたらす重力レンズ効果と呼ばれている働きを利用して観測しました。「しし座」の方向、50億光年彼方にある銀河の群れが宇宙に設けた重力レンズ効果を利用して、さらに遠くの90億光年彼方に存在する一つの星の画像を観測することが出来たのです。観測に成功した科学者たちはこの星に「イカロス」と言う名前をつけました。

 「イカロス」と言う名前を皆さんは御存知ですか、ギリシャ神話に登場する人物で、父が作成したロウで固めた翼を利用し、空を飛ぶことに成功したのですが、太陽に近づき、ロウが溶けて墜落した青年の名前です。研究者たちが何故この名前を付けたのか良く分かりませんが、好奇心に駆られた人間の活動の成果だと考えると頷ける気もします。

 宇宙の過去が見える夜空、考えてみると人間は昔からそこに様々な世界を想像してきました。「イカロス」の手前に広がる「しし座」はギリシャ神話でヘラクレスが退治した人食い獅子の名前です。春の星座「おとめ座」もギリシャ神話に登場する女神です。ギリシャ神話ばかりではありません。夏至が過ぎる頃、「はやぶさ2」が到着する小惑星「リュウグウ」も、人間が想像した神話の世界を示しています。

 最先端の科学がもたらす宇宙での発見が、夜空の中に人間が想像した世界とも関係するのは愉快な気がします。科学も神話も人間の営みの反映だと考えると頷けるような気もしますが、皆さんはどうですか?春から初夏への夜空をそんな思いで眺めてみましょう。

IKAROS

ハッブル宇宙望遠鏡がとらえたイカロス(NASA提供)

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。 2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門






春の到来に思う

2018.02.04 11:32:38
テーマ:館長コラム 

お正月の行事も含めて色々な出来事が集中した1月も終わりました。今年の1月は皆既月食の話題で、例年よりも印象的な幕を閉じた様に思えます。月の話題以外にも、色々な思い出が重なったこの季節は、それだけ意識された時間も多くなり、ゆっくりと時が流れて行った様にも感じます。そんな気持ちの中で2月を迎えました。そして、新しい月に入ると、すぐに立春を迎え、早速に春の話題を意識することになりました。

 子どもの頃から、“2月は逃げる、3月は去る”と、春はやって来ると駆け足で通り過ぎる季節だと言う思いを持ってきました。これまで過ごした年月の中で、1月のゆっくりした時の流れに対して、2月は月初めに立春を迎えると、もう3月末の花の季節まで、時は一気呵成に流れる様に感じてきたためかもしれません。

 このコラムを書きながら、こんなことを思い出すことになったのは、多摩六都科学館で企画している催しを紹介して、皆さんに配布している「ロクトニュース」春の最新号(※2月15日発行予定)に、館長の「ここに注目!」と言うコーナーがあり、そこでは、今年の春の特別企画展「たまろく水辺の案内所」に触れてみようと思ったからです。

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 「ロクトニュース」の表紙にある「ここに注目!」のコーナーは、ご覧頂くと分かりますが、文字の数で百十字ほど。読む人々には短くても印象に残る言葉で表現せざるを得ません。今回は世代を超えて、春の水辺を思い出すことを期待し、子どもの頃から私自身が親しんできた童謡「春の小川」の一節を利用して書いてみました。それを、ご覧になって皆さんがどう感じられるかは、ご自身で判断して下さい。ここでは何故、私が童謡「春の小川」を利用したのかについて書いてみましょう。

 童謡「春の小川」を私が知ったのはいつ頃だったのかは不明です。しかし、春、野外で水辺に接する機会があると自然に口ずさむ童謡の一つになっていますから、小学生低学年の時だったと思います。「春の小川は さらさら行くよ ・・」と言う歌い出しの歌詞と同時に独特のメロディも口をついて自然に出てきます。調べてみると、この童謡が文部省の唱歌として発表されたのは1912年です。それ以来、子どもたちにこの童謡が親しまれて来たとするともう百年以上も歌われてきたことが分かります。もっとも、この童謡が現代の子どもたちにどれだけ知られているのかはよく分かりません。周りの人にも尋ねてみましたが、メロディぐらいは知られているのではという意見もありました。何れにしても現在、大人になっている人にはよく知られた童謡だろうと思いました。今回はそれを仮定して使うことにしたのです。

 春の特別企画展「たまろく水辺の案内所」では、多摩六都科学館がある北多摩地域の特徴ある川を取り上げています。その歴史やそこに生息する生き物を紹介し、この地域が水と緑に恵まれた環境であることを知り、出かけてみたくなるように企画しました。こんなすばらしい環境が、身近にもあることは都市の中で生活する私たちが見失っている情報の一つです。

 童謡「春の小川」に歌われたと言われている小川は、現在、東京渋谷近くで地下を流れ、その地表には歌碑が残されています。百年前の「春の小川」は都市化の波に消え去っています。しかし、多摩六都科学館のある地域には豊かな水辺と緑の世界が、地域の人々の努力にも支えられて、今も存在しているのです。そんなメッセージも込めて私は童謡「春の小川」」を、「ここに注目!」で利用したのです。

 立春から花の季節まで、あっという間に通りすぎる春です。春が来たとき、春は一体どこから来るのか、そんな興味を意識して皆さんも春の到来をお楽しみください。

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。 2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門




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