髙柳雄一館長のコラム

二月、夜空で想う南の星々のこと

夜が更けると、寒さも増し、戸外での活動も避けたくなる季節が続いています。それにも関わらず、晴れた夜空に接すると、いくつもの明るい星々の存在に気づき、子どもの頃、その星々を結んで冬の星座として記憶して以来、何度となく冬空で出会った思い出を今の心境にも重ねて、無意識に野外で時を過ごしてしまう季節でもあることに気づかされます。

冬の星空に接して抱く個人的思い出や心境はともかく、冬の夜空を特徴づける星空は、人類が地球上に出現して夜空を眺め、星々の固有の配置に気づいて以来、地球文明とも呼べる文明の歴史の中で、星座や季節を特徴づける星々の群れとして、人類共有の知識として形成されています。今回は、そんな冬の夜空を眺めると思い出される、私が南半球で夜空の星々を眺めた様々な体験を紹介し、北半球の冬の夜空につらなる南半球の夏の夜空についてお話をしてみたいと思います。

まずは冬の夜空で人類が共有している星々が描くパターンをまとめておきましょう。冬の夜空で私たちが最初に覚えるのは「オリオン座」でしょうか? 和楽器の鼓の様に結べる四つの星の中央に三ツ星が揃って並ぶ、星の配置が覚えやすい星座です。三ツ星を包む周りの四つ星で、向かって左上の赤い星はベテルギウス(Betelgeuse)、右下の青白い星はリゲル(Rigel)として名前が知られる有名な一等星です。

冬の星空を示す星々には、星座を形成する星のパターン以外に、アステリズムと言われる、北斗七星のように独特の星の群れも有名です。皆さんがよくご存じなのは、「オリオン座」の足元にあり、夜空で一番明るく輝く「おおいぬ座」の一等星シリウス(Sirius)と、ベテルギウスを結んだ直線を底辺とした正三角形に位置する「こいぬ座」の一等星プロキオン(Procyon)が描く冬の大三角形として知られる有名な星の群れでしょう。

いくつも一等星が出てきましたが、冬の夜空に登場する多くの一等星を結んで大きな六角形とし、冬のダイヤモンドと呼ばれるアステリズムも有名です。ウィキペデイアで示された図をご覧ください。一等星の名前は英語で表記されています。注目して頂きたいのは、南の地平線の彼方、南半球の夜空へと連なる図の最下部にポツンと見える星です。東京で、晴れていれば、二月の夜八時過ぎの地平線上にポツンと一つ輝いて見える「りゅうこつ座」のカノープス(Canopus)です。この星を見たい方は、国立天文台ほしぞら情報」で「カノープスを見つけよう(2025年2月)」に詳しく説明されていますので、それをご覧ください。


南半球で、天の川銀河の中心部が高く昇り、大小二つのマゼラン銀河も見える夜空に出会えるのは北半球の冬に当たります。そんなことを知り、NHK在職時に、最先端の宇宙科学の話題を取り上げた特集番組で使う南半球の夜空を、私はチリにあったラスカンパナス天文台で12月下旬に撮影しました。その際、日没後に眺めた星空で今も記憶に残る星々がいくつもあります。

夜も深まると日本では見られなかった星々が目立ち始めます。南半球で見える天の川沿いの夜空をご覧ください。北半球で見える冬の大三角形の間を通る天の川は地平線の南に伸び、南半球の夏の夜空で目立つ「りゅうこつ座」の一等星カノープスと「ほ座」(Vela)の間を流れ、天の川を外れた大マゼラン銀河(LMC)の真下には天の南極(SCP)が位置します。天の南極を探すときに使われる、明るさも不ぞろいな四つの星が生み出す「みなみじゅうじ座」(Crux)は側に潜む暗黒星雲「コールサック」からも容易に見つかります。

夜更けの前に南の地平線上に登場するカノープスは、一目見ると長寿になるとも言われ中国では南極老人星とも呼ばれていました。私にとっては、そんな珍しい星にも接する二月の夜空を、東京では見えない南の星空へと想いを馳せる機会にしたいと願っています。


 

 


 

髙柳雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。
1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し1994年からNHK解説委員。高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)。