髙柳雄一館長のコラム

一日千秋(いちじつせんしゅう)の思いで待った今年の秋

一日の最高気温が25度を超える夏日、30度を超える真夏日、35度を超える猛暑日、そんな夏を特徴づける最高気温で示される日々の気象情報を注意深く眺めていた夏も、秋の彼岸を過ぎてようやく収まってきました。昨年の夏以上に、今年の夏の猛暑日は日本各地に広がり、何日も猛威を振るったことは確かだと思います。

今年の暦の上での立秋は9月7日でした。暑中見舞いのしきたりでは、立秋を過ぎると、残暑という表現が使われて来ましたが、今年の残暑は猛暑が衰えず、熱中症対策に追われて過ごす毎日が続き、これまでに経験したことも無い夏が続きました。それだけ、立秋を過ぎて秋分へと、暦の上では秋を期待できる季節になると、毎日、その気配を待ち望む気持ちを強く感じて過ごした年になりました。

秋の訪れを待ち望む際に、私が思い出した表現が、今回のコラム表題に使った「一日千秋」ということばです。手元にある国語辞典でみると「一日が千年のように長く思われること」と書かれていて、「秋」が年の意味で使われていることに気づかされます。生き残れるか滅びるかの瀬戸際を意味する、「危急存亡(ききゅうそんぼう)の秋(とき)」と言うことわざもあり、秋を「とき」と読んで、貴重な時の流れとして使われている秋を思い出します。

待ち遠しいことのたとえに使われた「一日千秋」と言う表現から、私たちは期待する事柄が実現するまでに待つ時の流れを、期待が大きければ大きいだけ、実現に至るまで待たされる時間を長く感じて生きていることが分かります。

気象庁が9月24日発表した全国の今後3カ月予報では、10月のはじめごろは30度以上の真夏日になるなど、季節外れの暑さになるところもあり、今年は秋を感じる時期が短くなる見込みだということです。朝夕の涼しさを実感できる秋の訪れを期待できる季節がようやくやって来ましたが、それも長くは期待できないと知ると、温暖化にともなって毎年猛暑の勢力を広げて来ている夏によって狭められていく未来の秋にも気づかされます。

猛暑の夏を過ごし、文字通り一日千秋の思いで秋の訪れを願っていた時に発見し、印象に残った、先人たちが描いた秋を示す2つの作品に触れてみます。まずは夏目漱石の俳句です。

生きて仰ぐ 空の高さや 赤蜻蛉 

明治43年(1910年)8月24日、修善寺温泉で療養中の夏目漱石は胃潰瘍による大量吐血で、一時、生死の境をさまよいました。かろうじて回復した漱石が9月24日、秋の空を眼にし、しみじみと生きている感慨を読んだ俳句です。天高く馬肥ゆる秋と言われる、どこまでも高く見える秋の空、赤蜻蛉が飛び交う光景は皆さんも体験された秋かもしれません。

次はサトウハチローの童謡・唱歌として有名な「ちいさい秋みつけた」です。
ここでは、一番だけ示しておきます。興味をお持ちの方は自分でお調べください。



一番で秋を示している場所は、「よんでる くちぶえ、もずの こえ」。二番では「わずかな すきから あきの かぜ」、三番では「はぜのは あかくて いりひいろ」となり、だれかさんの感覚が秋をみつけ、そこに想像した小さな世界から秋を見事に捉えています。

猛暑の夏に出会い、熱中症予防で過ごして来た私たちにとって、温暖化の未来を考えると、秋はますます貴重な季節になりつつあります。先人たちの捉えた秋を知ると、秋を迎えた命の喜びを確認する人間の姿まで想像できました。ようやく迎えた今年の秋を、皆さんが先人と同様に実り豊かな季節として過ごされることを願ってコラムを終わります。



 

 


髙柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。
1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)。