髙柳雄一館長のコラム

熱い、暑い、猛暑の夏を迎えて

今年の梅雨明けは、暦の上での夏の土用の入り(7月19日)の前日でした。晴れた日が続き、真夏日、猛暑日、時には熱帯夜が日常の話題となる季節が訪れました。ここ数年、暑い夏を体験してきた私たちですが、今年はさらに暑さを感じる機会が増えてきたようにも思えます。梅雨明け以前にも、テレビの気象情報では、最高気温予報で色分けした温度分布を表示し、真夏日・猛暑日となる地域では、熱中症の警戒を呼び掛けた日々が続きました。

気象用語では、最高気温が25℃以上の日を夏日、30℃以上の日を真夏日、35℃以上の日を猛暑日とされ、色分けでは20℃から25℃は橙、25℃から30℃は赤、30℃から35℃は紫、35℃以上は濃い紫で示されています。夏を特徴づける気象情報の最高気温表示の色分けに馴染んだおかげでしょうか、通勤途上で垣間見る、赤や紫に咲く百日紅(さるすべり)の花を見ると、それが夏の暑さを暗示しているようにも見えてくるから不思議な気がします。

皆さんは、季節に色を合わせた「青春」や「白秋」と言う言葉をご存じですか? これは古代中国で生まれた五行説による季節を特徴づける色を合わせた表現です。それに従いますと夏は「朱夏」となり、朱は黄みを帯びた赤ですから、暑い夏を示す赤や紫の色合いにも通じます。

夏の最高気温表示が、朱夏にも通じるのは、五行説では「万物は火・水・木・金・土の五元素からなり、互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する」とされ、四季の象徴として、
は木(もく)で樹木の生長・発育を示す色として
は火(か)で光り輝く炎が元となる火の性質を示す色として
は金(きん)で土中に位置する鉱物の安定した色として
は水(すい)で命の泉を示す色として玄(げん)=
があてられていて、その結果、火にあたる夏は、その性質を示す朱色で象徴されているからです。

ウィキペディアより「五行思想」



五行説の四季を象徴する四つの元素、木・火・金・水について述べましたが、土(ど)が象徴する季節には触れませんでした。実はは季節の変わり目の象徴とされ、植物の芽が地中から発芽する様に万物を育成・保護する性質を示し、五行説では四季の合間に「土用」と言う期間を設けて、春・夏・秋・冬に配置しています。

冒頭に述べた夏の土用の入りは、夏の季節が秋へ移行する土用の始まる日を指し、秋の始まりとされる立秋(8月7日)の前日までが夏の土用にあたっています。土用の丑(うし)の日にはウナギを食べるとした諺をお聞きになった方もいらっしゃるでしょう。暑い夏の日に耐えるため体力維持に努めた昔の人々の工夫の表れかもしれません。

夏に火があてられ、朱夏と呼ばれていることに気づかされると、身近に火を見たり感じたりした夏の日の思い出も蘇ります。私にとって、一生忘れられないのは1945年8月2日の未明に米空軍機の富山市大空襲の際、焼け野原の溝に浸かって眺めた戦火です。6才の時でした。燃え盛る周りの木々の彼方に明けて行く夜空の星を見つけて無事に朝を迎えることが出来ました。この年、日本が終戦を迎えた8月15日までには、長崎、広島に原子爆弾が落とされ、多くの市民の方々の命が失われたことを知ったのは小学校へ入学した後でした。

戦火と言う文字通りの夏の火の体験を思い出すと、無事に生き延びることができたお陰で、何度もの夏を迎え、暑い日の体験を重ねることが出来たことにも感謝の念が湧きます。子どもの頃とは違い、この数年は熱い、暑い猛暑の夏の到来が目立って来ました。私たちは、季節の巡りの中で、年々、火が象徴する朱夏を凌いで生きて行かざるをえなくなっています。

火の中から再生し、命を繋ぐ不死鳥の故事を思いながら、皆さんと共に、今年の猛暑に耐えて、実りの秋を無事に迎えたいと願って、夏の土用の季節では昔からお馴染みのご挨拶、暑中お見舞いを申し上げて終わりといたします。

神田川に咲く百日紅(2023年)





高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)
1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)