新年、あけましておめでとうございます。これは、新年を迎えるたびに、家族や友人、知人と語り合う、日本人にとっては変わらない言葉ですが、年を経るごとに、交わす相手の方は変わってきていることにも気づかされます。年明けに出会う年はいつも新年ですが、絶え間なく流れる時間が生み出した新年は、年を重ねて登場した新年に違いありません。
新年のカレンダーを見ると、どのカレンダーにも2025年、令和7年と、今年の西暦や年号が必ず明示されていて、「年」は過ぎゆく時の営みであることが分かります。そこに表示された「月日」はどうでしょうか? 月は年ごとに1月から12月までを繰り返し、日は月ごとに1日から月の最終日(大の月は31日、小の月は30日、2月だけは閏年で29日、平年で28日)までを繰り返しています。これだけで考えると、カレンダーの月日は閏年と平年の違いはあるとして、毎年ほぼ同じになるようにも思えます。しかし、同じにはなっていません。日程確認などで、「曜日」の繰り返しが人間の営みで重要な役割をしているからです。
毎月のカレンダーを見ると、日付は月曜から日曜まで繰り返す「曜日」に対応して記されていて、月毎の日付と曜日の結びつきは、年毎に異なっていることが分かります。私たちは、カレンダーを使って計画を立てる時、次の木曜日にしようとか、金曜日は空いているのかなど、曜日と日付を巧みに組み合わせて時間を利用しているのです。新しいカレンダーが年ごとに必要なのは、年を“重ねて過ぎる時間”と、月に合わせて特異な周期で繰り返す日と曜日の“組み合わせで巡る時間”の両方が記されているからだと分かります。
お正月は、新しいカレンダーを丁寧に眺める機会も多いためでしょうか? 私たちが生活している時の営みには、年のように“重ねて過ぎる時間“と、季節の移り変わりや曜日と結びついた日付など、“繰り返して巡る時間“が意識されていることにも気づかされます。重ねて過ぎる年にも、干支(えと)を当てはめて年を十二支(じゅうにし)で巡る時間で表記することもあります。今年の干支である「巳(ヘビ)」を記した賀状を受け取った方もいらっしゃるでしょう。
ここまで、時の行方の見方に、“過ぎる時“と“巡る時“があることに触れましたが、これに因んで、お正月である1月の英語、Januaryの語源とも言われている古代ローマの神であるヤヌスを思い出します。本来ヤヌスは、始まり、門、移行、時間、二元性、出入り口、通路、終わりの神と言われています。バチカン美術館のヤヌスの像をご覧ください。前と後ろに反対向きの二つの顔を持つヤヌスは、入り口の神であり、物事の始まりの神とされていたので、年の始まりである一月の守護神にされていました。
ヤヌスの二つの顔が眺める方向は前後ですから、前は未来、後ろは過去であると思われます。私たちがお正月に新年のカレンダーを見て、時の行方に思いを馳せるのは未来に違いありません。そんなことを考えると、一月の守護神ヤヌスの未来を向く顔は、カレンダーに示された過ぎてゆく時と巡りゆく時をどう眺めているのかも気になります。
新しいカレンダーを手にとり、これからの計画を立てる人間にとって、計画が立てやすい時の行方はどちらでしょうか? 失敗しても繰り返す(やり直す または 繰り返し挑戦する)機会がありそうに思える時の営みは、巡る時間のように個人的には思えます。そんなことを考えると、物理的には絶え間なく流れて過ぎてゆく時間ですが、そこに巡る時の行方を当てはめたのは限られた時間だけ生きているわたしたち生き物の、巧みな時の営みのようにも思えます。
これからの時の過ごし方が気になるお正月、有益な計画を皆さんが立てられることを願って新年最初のコラムを終わりにいたします。
1939 年4月、富山県生まれ。
1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し1994年からNHK解説委員。高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)。