バスや電車の車窓から、普段は気がつかなかった黄色い銀杏の樹々の点在が目立ち、街路樹に沿った歩道では多くの枯れ葉にも出会う季節となりました。戸外で接する落葉樹が見せる風景は、秋から冬への移り変わりを目で見える機会を提供しています。季節の推移を物語るのは、植物ばかりではありません。日没が早まり、帰宅の途中に乗降する駅前広場に設けられた電飾が描くクリスマスやお正月を意識した世界は、いつもと同じ乗降時間でも、すっかり闇に包まれてしまい、輝きをますます鮮明に存在を主張するようになりました。
季節が巡る一年を、月の満ち欠けをもとにした12の月と、季節の推移を示す太陽の運行を配慮して使われてきた旧暦で12月は師走(しわす)と呼ばれています。一年を閉める最後の月である12月は、仕事納めや、新しい年を迎える正月を前に、生活の節目を意識した行事に追われて人々が暮らす忙しい季節になったことに気づくと、師走という言葉が示す「社会で師と呼ばれる人々が走る月」は、この季節の人間の営みが明確に反映している名前であることにも気づかされます。いずれにしても、年の瀬は、自然の風物も社会的行事の景観も、ともに時の流れを目で見、生活の中で意識し体験できる季節になっています。
年を重ねてきた人間として、時の流れを意識できる年の瀬の社会的行事で、年末に近づくにつれて多く受けとる喪中を知らせた葉書があります。恩師や同窓の友人、時には仕事仲間として接した後輩や先輩の逝去を伝えた喪中の報の数は、悲しいことに、毎年増えています。こうした年の瀬は、恩師やお世話になった先輩、仕事の成就を支援してくれた忘れられない後輩などを偲ぶことも多く、これまでの人生と言う時の旅路で道連れとなった人々の存在に気づかされる貴重な機会を与えてくれる気がしてなりません。
今回のコラムは、年の瀬を迎えて、自然が織りなす風景や社会的行事によって目で見ることができる時の流れ、年の瀬を意識した生活を通して経験できる時の流れ、さらには、人生の旅路で出会った道連れと過ごした時の流れにまで思いを馳せてみました。目では見えない時の流れですが、過去と現在を結ぶ今に生きる私たちにとっては、時間の流れに関与できるのは今しかないことも事実です。巡る時間の節目となる年の瀬に続く、過去から未来に連なる逆戻りできない時の流れも意識できる年の瀬の今を有意義に過ごして新しい年を迎えてみたいと願っています。
▲今年もエントランスホールはクリスマスカラーに。(2023.11.30)
高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)
1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)