通勤するバスの車窓から見る街路樹にも白いハナミズキの花が目立つ季節になりました。樹々の枝葉が見せる緑が勢いを増して、広がって来たと感じる機会も多くなりました。我が家の庭に植えられたツツジもピンクの花々を緑の葉を背景にして存在を主張しています。手元にある5月のカレンダーを見ると今年は5月1日(水)が八十八夜と記されています。八十八夜とは暦の上で、この日が立春から数えて八十八日目に当たる日を指しています。
歴の上と言いましたが、この暦は太陽の運行に基づいた太陽暦を指しています。太陽暦は地上から見た太陽が運行する道筋(黄道)に位置する太陽と、その時の地上の季節を対応させた歴です。詳しく知りたい人は、国立天文台編・令和6年版の「理科年表」歴部にある「二十四節季、雑節」をご覧ください。八十八夜は雑節の一つとして記されています。
八十八夜と聞くと、子供の頃に耳にし、時には歌った童謡「茶摘み」を思い出される方々もいらっしゃるでしょう。この童謡では「夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る あれに見えるは 茶摘みじゃないか 茜襷(あかねだすき)に菅(すげ)の笠」と、初夏を迎えて新茶を摘み取る農作業の風景を簡潔に表現しています。
都市に住む現代の私たちには「茶摘み」を見る機会もほとんどありません。童謡「茶摘み」を思い出し、歌われている農作業を想像し、近づく夏を感じた方々は、子供の頃に、季節の風物として茶摘みの話題に接したことがある方々に限られると思います。私もその一人で、近づく夏に期待した子供の頃を思い出します。
現代の都市生活で、5月を意識させられる風物は、移動する車窓や、散歩する歩道のあちこちで目にする空を泳ぐ「鯉のぼり」かもしれません。この風習は、昔から日本で端午の節句と呼ばれる5月5日に行われてきました。現在は国民の祝日として「子どもの日」となり、子どもたちの無事な生育を願っての社会的行事にもなっています。勿論、鯉のぼりの風習は私の子どもの頃にもあり、五月晴れの空に鯉のぼりを見ると、子供の頃の体験を思い出します。
私にとって、5月が子どもの頃の思い出が蘇る機会が多い季節になっている理由はもう一つあります。私はこのコラム以外に、学校などを通して皆さんに配布している「ロクト・ニュース」に「ここに注目!」などで、時には多摩六都科学館で企画する展示やイベントへのご案内文を書いています。今回も今年の夏の特別企画展「ロクト昆虫図鑑」への「ここに注目!」を既に依頼されました。
そんな時、私は何時も童心に返ることにしています。子どもの頃、昆虫に出会ったとき、何を感じたのだろうか? 何を調べたかったのか? はっきりとは思い出せないときには、出来きるだけ子どもの心に近い状態になるように努力します。時には、好奇心に溢れて色々な物事に接した子供時代のワクワクした意識にも触れられることもあります。
私たちの住む世界は、視点を変えると色々な見え方をします。私自身、科学と言う人間の営みを学びながら、それを身につけてきました。そんな考えも活かしながら童心に返る機会を楽しんでいます。子どもの目で見た世界と大人が見る世界とはどう違うのだろうか?そんな興味も湧いてきます。
科学館にとって一年で一番多くの来館者の皆さんをお迎えする夏の特別企画展へのご案内を、童心に返って表現してみたい、童心に返る機会を増やして五月を楽しく過ごしたい、と願って今月のコラムを終わります。
館庭にもハナミズキの木が白い花を咲かせます
今年もボランティア会の皆さんによる鯉のぼりが登場しました
高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)
1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)