先月、アメリカ航空宇宙局NASAから発表があり、宇宙探査機ボイジャー1号が太陽圏を脱出したことが確認されました。太陽圏は太陽から惑星の世界に絶えず放たれている太陽風と呼ばれる物質の流れが太陽系外の星からの物質の流れの勢力に勝っている世界のことです。ボイジャー1号が太陽圏を脱出したと判明したのは、昨年夏にボイジャー1号が観測した太陽風の勢いが急激に衰えており、同時に太陽系外の星からの風の勢いが目立って増加していることが確認されたからです。
ボイジャー1号はボイジャー2号と共に1977年夏、地球を飛び出しました。双子の探査機とも言える二つのボイジャーは火星より外側に位置する木星、土星、天王星、海王星など大型の惑星表面やその周りを回るいくつもの衛星の観測を続け、木星以遠の太陽系の世界について数々の新発見を重ねてきました。この中で、ボイジャー1号は土星以遠の惑星とその周辺世界の観測は、ボイジャー2号に譲り、1981年、土星の衛星タイタンを観測後、太陽を巡る惑星軌道面から離れ、以後太陽圏で太陽風の世界を観測してきました。
多摩六都科学館にはこのボイジャー探査機の実物大模型があります。入り口・エントランスホールの天井に吊られています。近くで見るには、サイエンスエッグ・プラネタリウムの入り口に連なる2階通路に行けば、そこから機体の細部を一部見ることが出来ます。
今回は、このボイジャー探査機の機体に付けられている金色のレコード盤についてお話ししましょう。ボイジャー実物大模型の機体で円筒部分をご覧ください。丸い金色の円盤が発見できます。見えているのは、直径30センチのレコード円盤が入れられたジャケットです。この中に金色のレコード円盤が入れられています。どちらも写真をつけておきますのでご覧ください。1977年当時、音を収録する方式として、レコード円盤が広く使われていました。円盤に音の振動に対応した溝を円周に沿って刻み、再生には針先で溝に刻まれた振動を読み出す音の記録方式です。レコード円盤をご存じない方は、まわりにいらっしゃる年配の方に教えてもらってください。
ボイジャー探査機には何故このようなレコード円盤が積まれているのでしょうか?ボイジャー計画で太陽系の探査を試みた科学者たちの中にコーネル大学のカール・セイガン博士がいました。セイガン博士は、ボイジャー探査機が太陽系の観測を終えた後も宇宙を飛び続けることを考え、運が良ければこの探査機が10億年もの間も宇宙を旅する可能性があることに気づきました。そこで、この中に地球文明の存在を示すタイムカプセルを載せられないかと考えたのです。その結果、このレコード円盤を積むことになりました。
テレビ番組「コスモス」に出演し、SF小説「コンタクト」を書き、宇宙の魅力、人間にとっての宇宙科学が果たす役割を一般社会に伝える活動を精力的に続けた宇宙科学者セイガン博士は1986年に亡くなられました。2年後、ニューヨークで、このレコード円盤の内容を選定する上で中心的役割をはたしたセイガン博士の奥さんアン・ドルーヤンさんにお会いして、当時の思い出を伺ったことがあります。
1977年当時は米ソの核兵器競争が異常な高まりを見せていました。世界中の人々が地球文明の存続に危機を抱いたとのことです。ボイジャーに地球文明の痕跡を載せれば、地球文明が滅んでも、宇宙で10億年は保存されると気づいた時、ドルーヤンさんは聖書のノアの箱舟を用意するのにも似た気持ちを感じたそうです。ドルーヤンさんたちは地球文明の存在を示す情報を入れるタイムカプセルとして、当時音の収録方式で一般的だったレコード円盤を選びました。この中には地球環境を示す自然の音に加えて、人類が仲間と交わす挨拶が英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、中国語など55種類の言葉で表現されています。もちろん、「今日は、お元気ですか?」と言う日本語も含まれています。地球の多様な文化を示す音楽も、バッハやモーツアルト、ベートーベンの名曲、ジャズなど地域文化や時代の流行を示す音楽、日本からは尺八の演奏まで収録されています。この他、レコードの一部には、地球環境を示す静止画像115枚もある方式で記録されました。
ボイジャーの金色のレコードは地球文の痕跡を残すタイムカプセルの役割を持つだけではありません。宇宙に存在するかもしれない未知の高度な文明を持つ仲間への地球人からのメッセージにもなっています。1977年当時、太陽系外の惑星はまだ一つも発見されていませんでした。でも現在では宇宙の星々の周りに太陽系外惑星が何百と発見され、地球の様な液体の水の存在も可能な惑星の数も増え続けています。宇宙には私たちの様な文明を持つ生き物が存在する可能性はどんどん高まっています。
こんな未来を予測したのでしょうか、ボイジャー探査機に積まれた金色のレコードには、宇宙に存在するかもしれない高度な文明を持つ宇宙人とも呼べる仲間がそれを手に入れたとき、レコード再生に必要な情報がレコード円盤を入れた金色のジャケット表面に描かれています。金色の丸いジャケットの右上にはレコード円盤を真上から見た図が刻まれています。その下にはレコード円盤を真横から見た図に再生用に使うレコード針とそれを付けたカートリッジが描かれ、再生には最初、一番外側の溝に針を置くことが分かるように説明されています。そして、周りには回転数や回転速度についても高度な知性を持つ宇宙人には発見できる表示で記述されています。
人間が作り出した宇宙探査機が、今現在も地球人のメッセージを積んで、190億キロ彼方の宇宙を飛び続けていると想像すると不思議な気がしますね。太陽圏を離れたボイジャー1号は、さらに星々の世界を進み、およそ4万年後には北極星に近い「キリン座」の中の星、グリーゼ445に1.6光年まで近づきます。
今度、多摩六都科学館にご来館の節は、是非エントランスホールの上に浮かぶボイジャーの姿を眺め、そんな未来の宇宙での出来事も想像してみてください。
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高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)
1939 年4月富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学 系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフ・プロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。
2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)