髙柳雄一館長のコラム

「お月見」から「お地球見」へ

 秋の穏やかな日差しのなか、久しぶりにつくばに出かけました。つくば駅からJAXA(宇宙航空研究開発機構)「つくば宇宙センター」まで歩いて20分は掛かります。それでも秋晴れの気持ち良い昼下がり、紅葉が始まった木々の葉群れを眺めて公園の中に連なる道を歩きました。昼下がりの時間、道すがら出会う人もまばら、時には学生さんが自転車を優雅に走らせている姿に接しただけで自然に包まれた散歩を楽しむことができました。

 「つくば宇宙センター」に出かけたのは、JAXAが国際宇宙ステーションの人文・社会科学利用の試みで実施した、現代美術作家の安藤孝浩さんが制作した「お地球見」という作品を東京の六本木で開かれる「アートカレッジ」で公開する準備の打合せが目的でした。

 国際宇宙ステーションにある日本の実験棟「きぼう」で無重力環境を活かし、日本の藝術家が宇宙飛行士に依頼して作品を作る試みは、多摩六都科学館のプラネタリウムでも、これまでJAXAと共催で2回シンポジウムを開いて紹介してきました。安藤さんの作品「お地球見」も、いずれは多摩六都科学館のプラネタリウムで皆さんにお見せする予定です。その時、ご覧になる方々はどう感じられるか想像しながら紙上で紹介してみましょう。

 日本の文化には自然に親しみ楽しむ様々な営みが見られます。地上の自然だけではありません。夜空の月を楽しむ「お月見」もその一つです。満月から新月まで形を変え季節や時の流れを夜空に描いてくれる月を眺める風習は、時代や世代を超えて日本人の生活の中に定着しています。自然に親しみ楽しむ日本人は天上の「お月見」を地上の自然と絡ませて眺める風流な営みまで工夫しました。海や川の水面に映る月を愛でる「お月見」はその冴えたるものでしょう。そこには湖面をそよぐ風や波の動きまでが加わり、人間の生活空間を包む自然の息吹まで感じさせてくれます。

 安藤さんの作品「お地球見」は自然を眺め楽しむ日本文化の伝統的風習の一つ「お月見」を宇宙で試みたものと言えます。地上で眺められる身近な宇宙の風物は月ですが、国際宇宙ステーションで眺められる最も身近な宇宙の風物は地球です。その地球を「お月見」のように眺めて楽しむのが「お地球見」です。そして面白い事に、無重力の世界となる宇宙では、水の量にもよりますが、水面は球面となり、湖水の月のように水面に映える地球を眺めるより空中に浮かぶ水球の表面を通して地球を眺めることが容易にできます。

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 国際宇宙ステーションの窓越しに見える地球を、その前景に浮かぶ水球を通して眺める、それが安藤孝浩さんの作品「お地球見」です。この作品が生まれるまでの経緯や宇宙飛行士が参加してつくりだした作品は、いつか多摩六都科学館のプラネタリウムでも国際宇宙ステーションで撮影された画像をもとに作家から直接紹介して頂く機会を設けたいと思います。今回のつくばでの打合せでは、地上の人々に「お地球見」を共感して頂くために工夫した模擬実験を安藤さんに試みて頂き、地上の一般社会で、どうしたら効果的にこの作品を味わってもらえるか、などを議論しました。

 日差しが長さを増し、やや赤味を帯びた秋の夕日のなか季節の移ろいを示す地上の風景を楽しみながら「つくば宇宙センター」を後にしました。この風景は日本人には慣れ親しんだ秋の風物です。私たち日本人には宇宙の水玉越しの「お地球見」に重ねて、こうした地上の自然を想像する豊かな伝統があることにも気づかされます。この日、自然を愛でる日本文化の営みが宇宙で実現できる時代に生きている思いを強くして、私は帰路につきました。

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髙柳雄一館長

高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学 系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフ・プロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。

2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)