英語の「Wow!」を英和辞典で調べると、驚きや、喜び、嫌悪などを感じた時、誰もが口にする「わあ、まあ、ああ」と言う言葉が記されています。今回、取り上げてみたのは、アメリカの天文学者が、1977年8月15日に電波望遠鏡で観測したデータのプリントアウトされた信号のある部分に気づいて、驚きと喜びを感じ、赤い文字で「Wow!」と記入し、それ以来、天文学の世界で一躍評判になった「Wow ! シグナル」と呼ばれている電波信号です。
このシグナルは天文学の世界だけでなく、宇宙人の存在にも興味を持つ多くの人々にも注目され続けています。詳しく知りたい方はWEB検索でウィキペデイアの「Wow!シグナル」をご覧ください。ここでは「Wow !シグナル」の画像を示しておきます。
この電波信号を記録した紙の実物を私は見たことがあります。アメリカ、オハイオ州立大学電波天文台を取材したときです。そこでは、台長ジョン・クラウス博士が設計したユニークな電波望遠鏡が使われていました。「Wow !シグナル」を観測した電波望遠鏡です。一般に電波望遠鏡と聞くと、パラボラ型の丸いアンテナを広げた姿を想像する方が多いでしょう。しかしオハイオ州立大学電波天文台の「クラウス型」と呼ばれる電波望遠鏡はサッカー場の様な広いグランドに縦30m横104mの傾斜した平面アンテナと、150mほど南に離れた位置に、高さ21m横110mのパラボラ面を形成したアンテナで形成されていました。
宇宙から届く電波を二つのアンテナで巧みに焦点に集めて観測している現場を見て不思議な感動を覚えました。その際、頂いたクラウス博士の著書『Radio Astronomy』に描かれた電波望遠鏡の写真と仕組みを解説した図を示しておきます。この電波望遠鏡は、宇宙からの電波を聞くために地表に広げられた大きな耳にも思えますから、「ビッグイヤー(Big Ear)電波望遠鏡」と愛称名で呼ばれています。
オハイオ州立大学電波天文台 クラウス型電波望遠鏡「ビッグイヤー電波望遠鏡」
「Wow!」と赤い字で記入された電波信号を観測した「ビッグイヤー電波望遠鏡」の観測現場へ私が行ったのは、「ETを探せ」と言うテレビ番組のためでした。「Wow !シグナル」がET(地球外生命体)の存在と深く関わっていたからです。簡単にその背景をまとめておきましょう。
1959年、イタリアの物理学者ジュゼッペ・コッコーニとアメリカの物理学者フィリップ・モリソンが、地球外生命に言及する論文を学術誌『ネイチャー』で発表し、「地球外に文明社会が存在すれば、我々は既にその文明と通信するだけの技術的能力を持っている」と指摘して、「その通信は電波で行われるだろう」と推論しました。この論文は、当時の電波天文学者たちに衝撃を与え、1960年以降、宇宙に存在する地球外文明の存在を電波で探る科学的プロジェクトが、電波天文学者たちによって幾つも実施されてきています。
地球外文明探査のプロジェクトはSETI( セティ)と呼ばれています。 Search for Extra Terrestrial Intelligence(地球外知的生命体の探索)の略称です。 宇宙空間から地球に届く電波を解析し、文明をもった宇宙人とも言えるETが発していると考えられる電波信号を観測しようという、ロマンに満ちたET探索のプロジェクトです。「ビッグイヤー電波望遠鏡」が「Wow!シグナル」を観測したのは、オハイオ州立大学の電波天文学者ジェリー・エーマンがSETIプロジェクトを実施していた最中でした。
天の川銀河の中心に位置する「いて座」の方向から来た、観測された電波の中に、狭い周波数に集中した強い信号を発見し、電波天文学者エーマンが記録紙に赤線で信号の強さを示す縦の文字列「6EQUJ5」の囲みと「Wow!」を記入した時、この電波信号が太陽系外のETから送信された可能性もあると気づいたに違いありません。さらに、この電波の周波数が、電気を帯びていない中性水素原子が放つ波長21㎝・周波数1420.406MHzの電波周波数に非常に近いことが判明し、それが宇宙でETが恒星間の電波通信で使用する可能性が高いと予測された周波数帯の電波信号でもあることから、「Wow!シグナル」がETからの電波信号かもしれないと期待する科学者は少なくありません。
1977年の発見以来、ETが宇宙で放つ、つぶやきかもしれないと注目を集めた「Wow!シグナル」。多くの電波天文学者たちがその後、同じような電波信号を観測しようと、電波観測で様々な試みを続けてきました。しかし残念ながら、同様の現象は発見されていません。それ以来、「Wow!シグナル」の起源は謎のままの状態が続いてきました。「ビッグイヤー電波望遠鏡」でのSETIプロジェクトは1995年まで実施されましたが、その後、この場所は大学から売却されてゴルフ場になってしまいました。
これまで幾つもの特徴あるSETIプロジェクトを実施してきた電波望遠鏡では、プエルトリコにあるアレシボ天文台の巨大電波望遠鏡も有名です。この巨大電波望遠鏡は、カルスト地形の巨大な窪地を利用し、直径305mの球面状の反射面を造り、3本のマストで高さ約150mの中央部に受信機を吊り下げた、固定式のユニークな電波望遠鏡でした。大変、残念ながら2020年12月に900トン余りもある中央の受信機が落下して望遠鏡全体が崩壊し、現在は利用できなくなっています。アレシボの巨大電波望遠鏡と、そこで実施され、話題となったSETIプロジェクトについては既に2021年9月の館長コラムで書いています。
この望遠鏡で2020年2月から5月にかけて観測し記録していた電波信号の中に「Wow!シグナル」とよく似た電波信号が発見され、今年8月にそれを研究した科学者たちの報告が出されていることをWEBの検索で発見しました。
アレシボの巨大電波望遠鏡で観測された「Wow!シグナル」も中性水素原子が放つ固有電波の周波数に近い狭い周波数帯に属していました。ただ、ビッグイヤー電波望遠鏡に比べて、感度も時間分解能も高く、電波の偏向測定もできるアレシボ電波望遠鏡が観測した「Wow ! シグナル」は、ビッグイヤー電波望遠鏡で観測された信号に比べて強度が低く、複数の場所から来ていました。この報告では「Wow!シグナル」は、星間空間に存在する中性水素原子の雲の背後に存在する、マグネターフレアや軟ガンマ線リピーターと呼ばれている強力な高エネルギー電磁波、特にX線やガンマ線を放射する天体が時々放つ強い電磁波によって中性水素原子雲が刺激を受けて突然誘発されて放つ電波信号であると報告は結論づけています。
アレシボで観測された「Wow!シグナル」は、ETのつぶやきではなく、宇宙の天体物理学的現象が生み出した自然のつぶやきだったという報告を目にしたとき、1977年8月以来、起源が謎のままだった「Wow!シグナル」が、この8月に47年ぶりに話題にされたことに気づき不思議な気がしました。猛暑の夏の地球を離れて、宇宙にまで思いを馳せる知性をもった地球人がいつの日かETと出会えることも期待してコラムを終わります。
(出典元)
書籍 : John D.Kraus 著 [RADIO ASTRONOMY 2nd edition] / Cygnus Quasar Books
報告 : Abel Méndez, Kevin Ortiz Ceballos, Jorge I. Zuluaga 著
[Arecibo Wow! I: An Astrophysical Explanation for the Wow! Signal]
arXiv:2408.08513 (2024年8月16日掲載)
<https://arxiv.org/abs/2408.08513>