髙柳雄一館長のコラム

宇宙の見方を変えた一般相対性理論

 アインシュタインが一般相対性理論を科学界の公的な場で発表したのは1915年11月と言われています。今年はまさに一般相対性理論が誕生して100年目に当たります。これを記念した講演会などの行事が、この秋は世界各国で予定され、日本でも学会や研究者組織が記念行事を予定しています。10月12日に多摩六都科学館で開催のロクトサイエンスレクチャー「アインシュタインの宿題に挑む~重力波検出への期待~」もこの機会に合わせた企画です。
 一般相対性理論といっても、この理論が科学の世界でどんな現象を扱った理論であるのか、言葉だけからはよく分かりません。しかし、一般相対性理論で登場するアインシュタイン方程式の説明をみると、万有引力、重力の場を表していると書かれています。ですから、一般相対性理論は重力の理論と考えることができます。
 重力の理論と聞くと、ニュートンの万有引力の法則を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか?ニュートンは宇宙に存在する物体には重力と呼ばれる互いに引き合う力が働いていることを発見し、2つの物体の間に働く重力が物体の間の距離と物体の質量で決まることを万有引力の法則で示しました。この法則によって、人類は重力の影響を定量的に知る手段を手に入れました。
 ロケットを打ち上げ、気象衛星などで地球環境を知り、国際宇宙ステーションを建造し、さらに未知の宇宙を探る科学探査機を飛ばすなど、現在、人類が進めている宇宙開発を支える科学技術には全てこのニュートンが発見した重力の理論が基本にあります。こんなニュートンの重力理論に対して、一般相対性理論、つまりアインシュタインの重力理論は何をもたらしたのでしょうか?どちらも重力理論と呼ばれていますが、強い重力の世界ではアインシュタインの重力理論しか使えないことが判明しています。

 一般相対性理論は発表後に直ちに科学の世界で受け入れられたわけではありません。この理論が科学的に正しいとされ、ニュートンの理論に比べて優れていることを実証する事例がいくつも必要でした。その中で、アインシュタインの理論が予測した太陽の周辺で空間が歪み光の進み方が変わる現象が1919年3月8日の皆既日食時に出現した星空の観測で実証されたことは有名です。現在では重力レンズ効果として、子どもたちにも知られている、大質量の星や銀河の周りで、アインシュタインの理論が予測する重力の効果が、この観測で史上初めて確認されたのです。
 アインシュタインの重力理論の特徴は、重力の効果が周りの空間の歪みとして捉えられている点です。ここで空間の歪みと書きましたが、正確には時空と呼ぶべきです。実はアインシュタインの重力理論が一般相対性理論と呼ばれる理由には、この理論が1905年に発表された特殊相対性理論を発展させて誕生した理論でもあるからです。
一般相対性理論では重力の効果が時空の歪みで捉えられていると書きましたが、この時間と空間をひとつにまとめた時空と言う世界の見方こそ、特殊相対性理論でアインシュタインが発見した成果なのです。
 私たちは宇宙を時間と空間が広がった世界だと考えています。そこで生ずる自然現象を理解するとき、空間に占める位置、原因と結果を区別する時間の流れを意識します。その際、時間と空間が織りなす世界は、自然現象とは独立して存在していると考えています。この常識とも言える世界の見方を変えたのが特殊相対性理論でした。特殊相対性理論で、アインシュタインは宇宙では光の速度は観測者に対して一定であると主張し、この関係が宇宙の何処でも成り立つとすると、もはや時間と空間は不変の存在ではなくなることを証明しました。時間と空間は時空と呼ぶべき一つの世界を生み出し、時空は伸びたり縮んだりする存在であることを理論的に示したのです。重力の効果を時空の歪みで捉える一般相対性理論は、特殊相対性理論で発見された時空の世界と重力の関係を捉えた理論になっているのです。

 宇宙には星や銀河など様々な天体が存在しています。その世界は時間や空間の広がりの中で観測されています。宇宙の天体にはニュートンが発見したように互いに重力が働いています。宇宙全体を探るには時空と重力の関係を知る必要が不可欠であることが分かるでしょう。一般相対性理論は科学者に宇宙全体を探る理論を提供したとも言えます。宇宙がビッグバンによって138億年前に誕生し、現在も膨張を続けていると言われる現代の宇宙像は、一般相対性理論を使って宇宙を探求することから生まれました。この間の経緯は、宇宙科学の啓蒙書に詳しく紹介されていますから、興味をお持ちの方はそれをご覧ください。
 最後に、多摩六都科学館の企画タイトルに使われている重力波に関して一言述べておきましょう。重力波は重力の効果で生まれる時空の歪みが波として宇宙を伝わるという一般相対性理論が予測している現象です。この理論の予測では、物体が生み出す重力は重力波として光の速度で時空を伝わると言うのです。ニュートンの重力理論では重力は瞬間的に伝わるとしてきました。それがアインシュタインの重力理論では光の速度で伝わります。これも二つの重力理論の大きな違いです。一般相対性理論が予測する多くの現象は観測や実験で既に実証されています。しかし、重力波だけはまだ観測されていません。現在、世界中の科学者が重力波の観測に挑戦しています。多摩六都科学館のロクトサイエンスレクチャーは、日本の科学者の挑戦に関する最新情報を皆さんにお伝えする予定です。ご来館をお待ちしています。

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髙柳雄一館長

高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。

2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)