髙柳雄一館長のコラム

地球の見方を変えた100年

 今年はドイツの気象学者アルフレート・ヴェーゲナーが大陸移動説を論じた著作『大陸と海洋の起源』を1915年に発表してから丁度100年になります。現在では地球の歴史の中でいくつもの大陸が移動したり集合したりしたことは、地球に興味がある方なら皆さんご存知の事実でしょう。しかし、ヴェーゲナーの大陸移動説は発表後も長い間、科学者の世界では受け入れられませんでした。それが科学の世界で受け入れられるようになったのはプレートテクトニクス理論が確立した20世紀も後半になってからです。
 プレートテクトニクス理論は、多摩六都科学館の「地球の部屋」の説明をご覧になれば分かりますが、大陸と海洋は、それぞれ大陸プレート、海洋プレートと呼ばれる地球表面を覆う十数枚の岩板に乗って移動していること、その移動の原因が岩板を載せて動く地球内部のマントルの対流で生じることを発見しました。この理論は大陸と海洋の配置が地球の歴史の中で変化してきた原因を地球内部のマントルの対流現象と結びつけたものです。

 100年前の『大陸と海洋の起源』で、ヴェーゲナーは大陸移動を証拠立てる事例として過去にアフリカ大陸と南アメリカ大陸が一つの大陸だったことを主張しています。その論拠として指摘したのは4点です。1つは、この二つの大陸の地層をつなげられることです。2つめは、二つの大陸のどちらにも同種の化石が分布していることです。3つめは、過去の気候分布が二つの大陸で一致することです。4つめは、大陸を形成する地層は軽いので重くて流動する地層の上に浮いて移動できるとしたことでした。
 これをみると大陸を移動させる力がどのようにして生ずるのかはよくわかりません。いずれにしても大陸移動を生み出すマントル対流を発見したプレートテクトニクス理論が確立するまで大陸移動説が科学の世界で受け入れられなかったのも頷けます。ここで面白いと感じるのはヴェーゲナーが主張したはじめの3点です。これは二つの大陸が過去に一つだったと考えると簡単に説明がつきます。この3つの事例は当時広く科学者の間で知られた事実だっただけに他にも色々な説明がありました。中には二つの大陸が過去には陸続きであつたという考え、これを陸橋説と言いますが、そんな説明までありました。

 ヴェーゲナーの大陸移動説がなかなか科学の世界で受け入れられなかったことについて、古生物学の大家S.J.グールド博士は「常識では起こりえない出来事は、それが起こったという証拠だけをいくら積み上げても正当に評価されない。いかにしてそれが起こりうるかを説明するメカニズムが必要である。」と述べているようです。科学の歴史ではいくつもそんな事例がありそうに思われます。
 プレートの移動に伴う大陸の移動も、現在では宇宙に存在する電波を出す天体や人工衛星を利用した高い精度の測量技術(VLBI)を使って観測できるようになりました。それによると多くの大陸は年間数センチと言う速度で移動していることまで発見されています。私たちは現実に移動する大陸に住んでいます。そんなことを考えながら、日本語訳もありますから、ヴェーゲナーの『大陸と海洋の起源』をご覧になってみては如何でしょうか?

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髙柳雄一館長

高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。

2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)