髙柳雄一館長のコラム

イースター・エッグにみる春

桜の季節になると、リビングルームにある食器棚のガラス扉越しに探す置物があります。観光や仕事で海外に行った際に購入した小さな動物や人形たちを陳列した棚にある、イースター・エッグを運ぶウサギの置物です。このウサギは英語でイースター・バニーと呼ばれ、知られています。旅の思い出の品々の中に置かれたイースター・バニーを眺めて、購入時に思いを馳せるのは春の習慣かもしれません。



イースターは日本語で復活祭と呼ばれる、ヨーロッパやアメリカなどのキリスト教社会で行われる春の記念日です。復活祭はイエス・キリストの復活を記念する祝日とされ、春分後の最初の満月のあとの日曜日に行われる慣習になっています。日本ではちょうど桜の季節とも重なっています。今年は、春分後の最初の満月は4月6日(木)でしたから、今年のイースターは4月9日(日)になりました。

イースター・エッグは、ヨーロッパやアメリカのシーズンには、必ずお目にかかる卵です。殻全体にカラフルな模様を描いた素敵な工芸品となっていて、ゆで卵の殻に絵付けした実物の卵もありますが、多くは、可愛いウサギたちが運ぶ様々な大きさのイースター・エッグが店頭に並びます。このような地域では春先からイースターの日まで、イースター・エッグとそれを運ぶイースター・バニーの色々な置物をここで目にすることになります。

キリストの復活を祈念するイースターに何故、特徴ある飾りを施した卵が登場し、そこにウサギまで参加するのか、いずれもイースターを特徴づける風物であるだけに気になります。

イースターについての説明をWEBで探すと、復活祭を示す英語「イースター(Easter)」やドイツ語「オースタン(Ostern)」は、ゲルマン神話の春の女神「エオストレ(Eostre)」の名前であり、あるいはゲルマン人の用いた春の月名「エオストレモナト(Eostremonat)」に由来しているといわれることを知りました。このような春の到来を祝うお祭りは、ゲルマン人以外にもヨーロッパの多くの民族で行われていた記録も残っています。

こんな説明を知ると、人類が大昔から自然の生まれ変わりを祝ってきた春の祭りとイエス・キリストのよみがえりを祝う記念の日が合体して現在のイースターになったと想像できます。そして、イースターに登場する卵は、昔からの多くの民族の春の祭りで、新しい命の誕生と復活のシンボルとして使われて来た伝統が反映しているように思えます。そこには繁殖能力の高いウサギもそれに一役かって登場したに違いありません。WEBでは、野ウサギが子供たちにイースター・エッグを運んでくるというドイツの伝承について触れた記事も見つかります。

我が家では、子どもたちがお面をかぶって町じゅうの家から家へと、卵遊びの卵を集めまわっているイギリスのイースターの日を、荻 太郎画伯が描いた絵本の原画(『月刊:たくさんのふしぎ「小さな卵の大きな宇宙」』の28頁)を壁面に飾っています。この絵本ではイースターの日、子どもたちが牧場や野原で集めた卵を使って色々な遊びをしていた様子もいくつか紹介しています。


▲館長の自宅に飾っている荻 太郎の作品

同じキリスト教の行事でも、日本ではクリスマスほどイースターは知られていません。春の到来を祝う日本人の仕来りは満開の桜を眺める花見の方がお馴染みです。そんなことに気づきながら、イースター・バニーとイースター・エッグの置物を眺め、花見の計画にも思いをはせるとき、新たな命をもたらす春の訪れを祝ってきた昔からの人々の営みに、今年も参加できる喜びを味わいたいと願っています。






高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)