髙柳雄一館長のコラム

アジサイの花が咲く頃、思い出すこと

2018.05.18 10:33:29
テーマ:館長コラム 

 新緑の映える季節になりました。自宅近くを流れる神田川の岸に沿った桜並木も、すっかり新緑に覆われて、緑の陰が連なる素敵な散歩道になっています。桜の後、この道では所々で出会った白いハナミズキの花が印象的でした。それが今では濃淡の緑に包まれた遊歩道になってしまいました。そんな道を外れて住宅街の路に入ると、家々の周りで目にする花は生垣に植えられた白い十字の花びらが目立つヤマボウシです。ヤマボウシにはミルキーウエイと言う品種もあると知ってから散歩で出会うと注意深く眺めることもあります。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
▲科学館のヤマボウシ

 散歩道で出会う花々は、私たちに地上での季節の移ろいを楽しませてくれます。ヤマボウシの花だけではありません。アジサイの葉群の中に、いくつも枝先を占めたつぼみを見つけると、アジサイの花が咲き揃う季節も直ぐそこまで来ていることに気づかされます。我が家の庭にもアジサイが植えてあります。白い花びらが目立つガクアジサイですが、梅雨になる前に既にほころび掛けた花を見つけることが出来ました。

 春先の連休も終り、これから夏休みまで、春から初夏、そして夏を迎える日本では梅雨の季節が到来します。アジサイの花は、日本の梅雨の季節を特徴づける草花の一つと言ってよいでしょう。春から初夏へ、道端で出会う花のお話から梅雨の到来に話題が移るのも日本に住む私たちにとっては自然の成り行きかもしれません。

 四季の変化に富む日本で、梅雨の存在は日本の季節変化を特徴づける気象現象になっています。それだけに私たちの忘れられない思い出や体験の中には、梅雨の季節と切り離せない出来事も存在するはずです。今回はアジサイの花が咲く頃、私が何時も思い出す印象深い思い出に触れてみたいと思います。

 私はかつてテレビ局に勤めていたことがあります。その際、長く仕事をしたのは、番組演出・制作現場でした。そこでは宇宙をテーマにした特集番組をいくつも担当して放送しました。中には、子どもたちも含めた家族向け夏休み特集番組もありました。宇宙に関係した夏の特集番組ですから、番組の舞台は夜空です。そこに輝く月や惑星、星が描き出す星座を鮮明にテレビカメラで美しく鮮明に捉えることができなければ番組は作れません。

 私が担当した夏の特集番組制作には、晴れた夜空を撮影できる時間が必要であることは皆さんにもよくご理解頂けたと思います。そこで問題になったのは、夏の特集番組の制作時期でした。春先に提案した番組が、夏休みの放送日時を定められ、制作許可がでると撮影計画を立て、いざ夜空の撮影と言う時期が何時も梅雨の時期と重なったのです。

 日本の梅雨は、例年では6月初めから始まり、7月中頃まで続きます。この時期に晴れた星空を撮影する必要のある特集番組を制作することの困難さは大変なものでした。雨の中の草花の美しさを楽しむ余裕も必要ですが、予定通りに星空撮影の時間が手に入らないと心配がつのり、空を仰いで晴れ間の到来を願ったものです。

 印象深い思い出では、「月への招待」と言う夏の特集番組を京都大学飛騨天文台にある屈折望遠鏡の空き時間をお借りして月面撮影を実施した時です。現在と違って大きな録画装置を大量に積んだロケ用の車で、一週間近く滞在して月面が観測できる晴れ間を待ち望んだことがあります。大学施設の利用ですから期日を指定して滞在したのですが、滞在中は梅雨の最中でもあり、曇りと雨の日が続きました。東京へ戻る前日の夜、ようやく星空が見え始め、夜半過ぎまで月面の撮影を実施して、ようやく番組を完成できる素材が手に入ったことは忘れられません。

 仕事柄、アジサイの花が映える梅雨になると、昔、夜の晴れ間を求めて仕事をしていた当時の思い出が何時もよみがえります。梅雨の入りは田植えの季節とも関係していて、梅雨の雨を必要としている職業の方がいらっしゃることも良く知っています。梅雨に関しては色々な体験や思い出をお持ちの方もいらっしゃるに違いありません。今年の梅雨は皆さんにどんな思い出を残してくれるのでしょうか?そんなことを想像すると、梅雨明けの夏休みにも期待が膨らみます。

ajisai
▲咲き始めたアジサイ(科学館の西門ちかく)

——————–

OLYMPUS DIGITAL CAMERA高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。 2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)



イカロス、リュウグウ、夜空に見る人間の営み

2018.04.08 15:29:14
テーマ:館長コラム 

 春を際立たせた桜の花も今では葉桜に変わり、公園で見上げる木々も新緑に覆われて、春から夏にかけて季節の流れを意識させてくれます。短いとは言え、子どもたちの春休みに接した方々には、花の話題と、新年度を迎える心構えに多少の緊張を伴った思い出を重ねられた人々もいらっしゃることでしょう。

 変化に富む地上の風物を楽しみながらも、科学館に勤めている私の方は日々WEBで触れる科学の世界の新しい話題に出会う生活も楽しんでいます。最新の科学研究が繰り広げる新しい宇宙や物質、生命世界での発見、それに伴って展開される新しい世界観は、時には地上で目にする世界の見方にも面白い影響をもたらすことが少なくありません。

 今回は、そんな事例を示す宇宙の話題に触れたいと思います。宇宙では遠くを見ると過去が見えると言われます。光の速度が何処でも常に一定な宇宙では、光で見る遠い宇宙の姿は、そこから光が地球にやってきた時間だけ過去の姿を示しているからです。太陽からの光も、約1億5千万キロメートル離れた太陽から約8分を経て地球へ届いた光で、私たちが見る太陽は8分前の姿になります。太陽より遠くにある夜空の星たちは、いずれも過去の姿を示していることが分かります。私たちは夜空を見る時、宇宙の過去に接しているのです。

 最先端の宇宙科学は、この宇宙の不思議な特徴を活かして、遠い過去の宇宙の姿を続々発見してきました。今回、紹介するのは地球から約90億光年彼方から届いた一つの星の観測です。星の大集団である銀河や、銀河の群れはハッブル宇宙望遠鏡やすばる望遠鏡など大口径の望遠鏡で観測されていることは良くご存知でしょう。しかし、私たちの太陽系が属する天の川銀河以外の銀河では、その中の個々の恒星を捉えることは容易ではありません。ましてや、90億光年も彼方の宇宙での星の観測は人類最初の業績です。

 今回の観測は、ダークマターも含めた宇宙に存在すると考えられる物質がもたらす重力レンズ効果と呼ばれている働きを利用して観測しました。「しし座」の方向、50億光年彼方にある銀河の群れが宇宙に設けた重力レンズ効果を利用して、さらに遠くの90億光年彼方に存在する一つの星の画像を観測することが出来たのです。観測に成功した科学者たちはこの星に「イカロス」と言う名前をつけました。

  「イカロス」と言う名前を皆さんは御存知ですか、ギリシャ神話に登場する人物で、父が作成したロウで固めた翼を利用し、空を飛ぶことに成功したのですが、太陽に近づき、ロウが溶けて墜落した青年の名前です。研究者たちが何故この名前を付けたのか良く分かりませんが、好奇心に駆られた人間の活動の成果だと考えると頷ける気もします。

 宇宙の過去が見える夜空、考えてみると人間は昔からそこに様々な世界を想像してきました。「イカロス」の手前に広がる「しし座」はギリシャ神話でヘラクレスが退治した人食い獅子の名前です。春の星座「おとめ座」もギリシャ神話に登場する女神です。ギリシャ神話ばかりではありません。夏至が過ぎる頃、「はやぶさ2」が到着する小惑星「リュウグウ」も、人間が想像した神話の世界を示しています。

 最先端の科学がもたらす宇宙での発見が、夜空の中に人間が想像した世界とも関係するのは愉快な気がします。科学も神話も人間の営みの反映だと考えると頷けるような気もしますが、皆さんはどうですか?春から初夏への夜空をそんな思いで眺めてみましょう。

IKAROS

ハッブル宇宙望遠鏡がとらえたイカロス(NASA提供)

——————–

OLYMPUS DIGITAL CAMERA高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。 2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)







前のページへ最新|1|23456最初次のページへ

ページの先頭へ戻る