髙柳雄一館長のコラム

カレンダーにみる巡る時間

2019.02.05 19:12:15
テーマ:館長コラム 

春になりました。今年の立春は2月4日。暦の上でも既に春を迎えたことになります。地上に暖かさをもたらす春を迎え、これからは戸外での活動も楽しめると、外出や旅行の計画を立て始めた方々も多いと思います。そんな時、カレンダーや手帳の月間予定表を見て、あらためて意識するのは2月の短い日数です。

今年は閏年ではありませんから2月は28日。4週間しかありません。この日数は1月、3月に比較すると、たった3日だけ少ないのですが、とても短く感じます。3日と言えば、2泊3日の小旅行も出来ますし、一週間の半分近くを占めています。他の月に比べて、2月を短く感じるのは当然です。子どもの頃、「2月は逃げる」と聞いたことを思い出します。

「2月は逃げる」と書きましたが、その際、同時に「3月は去る」もよく耳にした言葉です。3月は身の回りで年度内に完結すべき出来事も多く、時間に追われて過ごす忙しい月になります。いつの間にか終る3月、「3月は去る」も頷ける表現だと思います。

私たちの生活では年度内に処理しなければならない事柄も多く、そのための予定が2月、3月には目立って出現します。その際、カレンダーや月間予定表を眺めて気がつくことがあります。今年の様に2月が28日ですと、3月のカレンダーでも28日までは日付と曜日は2月と全く同じになっています。他の季節では日付と曜日が決まれば、何月かを容易に発見できますが、それが通用しない期間があることは、春の珍事の一つかもしれません。

 2月と3月で日付と曜日が同じになるのは2月が28日になった年です。28日は曜日が繰り返す7日の丁度4倍で、その結果、2月1日の曜日は3月1日の曜日と同じになります。曜日と日付が一致するこの関係は、3月では、2月と対応できる28日まで続くことをカレンダーで確認してみてください。年度末の重要な3月の予定を曜日と日付だけを意識して、2月の月間予定表に記入したこともあります。それ以来、早春のカレンダーに潜むこの期間の存在には注意するようになりました。

 過去から現在、そして未来へと一方向へ流れる時間を意識した人間は、生活する上で有効な時間を記録する方法を幾つも生み出してきました。そんな中で、昼と夜、月の満ち欠け、季節の変化など、周期的に繰り返す巡る時間を記録する暦の誕生は、時の流れを予測し、それを利用する人間活動にとっては大切な営みでした。暦の中でも、作物を栽培する農業の発展には、季節の変化をもたらす太陽の運行に基づく太陽暦は必要不可欠な暦でした。

 カレンダーの歴史をみると、月の満ち欠けが示す1ヶ月を昼夜が生み出す日々の日数で示し、1年が365日になるように日数を配分した12の月を設けることで、現在の太陽暦からなるカレンダーが登場してきたことが分かります。2月が他の月に比べて日数が最少なのは、現在のカレンダーへと発展した古代ローマで採用された太陽暦で、採用時は2月が1年最後の月であり、1年が365日となる日数に調整された歴史的背景があるからです。

 巡る時間と書きましたが、私たちは時間の流れを周期的サイクルとして捉えて利用しています。秒を基本単位として60秒を1分、60分で1時間とした時間の単位を設け、1日を24時間、1年を12ヶ月とした時間の計り方にもそれは見事に反映されています。注意したいのは、時間の単位で計ると1日は正確に24時間ではありません。その結果、1年も正確には365日とはなりません。季節の巡りに会わせてカレンダーの日付を維持して行くためには、時間の単位で割り切れない1日から派生する、カレンダーに表示されていない時間の調節処理が必要になっています。閏年の存在はそのことを物語っています。

 現在私たちが利用しているカレンダーは、季節が巡る時間としての1年を12の月に分けて表示してあります。季節の巡りを更に詳しく意識した暦には、1年を24の節気に分けた暦もあります。冒頭に書いた立春はこの24節気から定められた日付です。

 今回は、2019年春のカレンダーを眺めて、人間が利用している巡る時間としての春に思いを馳せて話してみました。この春、多摩六都科学館は開館25周年目を迎えます。25歳の誕生日を迎えた春の科学館で皆さんにお会いすることを楽しみにしています。

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。 2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)


時の移ろいで見る富士山

2019.01.01 09:00:43
テーマ:館長コラム 

新しい年が始まりました。時の流れは目には見えませんが、それを意識すると、新たな時を迎えた世界まで新しくなったように見えるから不思議です。それだけではありません。自分まで新しく生まれ変わった様な気にもなり、今年こそはと新たな人生設計を立てようとしている人もいるかもしれません。
年の初めは、時の移ろいが人間の心に影響し、世界の見え方や、それを見る自分にまで変化をもたらしていることに気づかされる機会が多い季節なのかもしれません。
時の移ろいが世界の見え方に変化をもたらすと書きましたが、勿論、見え方が変わるのは時の流れだけが原因ではありません。世界の見え方を変えるいくつもの要因が時の経過によって生み出されてその結果、見え方が変わると言うべきでしょう。
 毎年、この季節、運が良ければ私の家の二階にある窓からは、早朝と日没時に、遠方に並ぶ住居の屋根が縁取る南西の空の地平に、気をつけなければ見過ごしてしまいますが、突出した富士山頂の姿を発見することが出来ます。我が家と富士山の位置は一年を通じて不変ですから、何故この季節のこの時間だけ、ほんの一部とは言え、富士の姿が肉眼で見えるようになるのか、いくつもの理由を考えて楽しんでいます。皆さんも写真をご覧になって、この季節限定の富士山の見え方を生み出している要因を見つけ出して下さい。
 我が家から見える富士山頂の姿は、日の出と日の入りの太陽が、季節で変化する地平線上の位置で富士山の山頂に対して何処にあるのかが重要な要因になっています。冬の雪に覆われた富士山頂は日の出の太陽で輝きを増し、晴れた日の早朝、安定した視界の良い空気の彼方に目立った姿を見せます。日没後の太陽が生み出す富士山頂のシルエットは、晴れた日の夕方の空、地平近くにまだ残光が残る空にくっきりとした姿を見せてくれます。こんな要因を考えると、富士山の見え方と関係する時の移ろいは、地上に季節変化をもたらす時の流れですから、巡る時の移ろいとも言えそうです。

・我が家から見た早朝と日没の富士山

fuji AM

fuji PM

地上に住む私たちは季節の移ろいに対応して生活していますから、カレンダーを見ても良く分かりますが、日月で示される時の流れは周期的に繰り返し、巡る時の移ろいに対応しています。これに対して年の方は、新年を迎えると新たな年を加える、方向を持った時の流れとなっています。宇宙が誕生して138億年と言われていますが、こんな一方向に流れる時間は、私たちの生きている世界を理解する上でも大切な存在です。
 我が家から見える富士山のお話をしてきましたが、最後に、昨年の秋、フェルミガンマ線宇宙望遠鏡を使って宇宙研究をしている科学者たちが、宇宙に描き出した新しい星座「富士山」にも触れて新年のお話をまとめてみたいと思います。
 私たちにお馴染みの星座は、古代の人々が肉眼で夜空に眺めた明るい星々を結んで生まれて来たことは皆さんも良くご存知でしょう。科学技術が発展するにつれ、宇宙に存在する天体からは目で見える光だけでは無く、肉眼では見えない電波、マイクロ波、赤外線、紫外線、X線、ガンマ線などの電磁波が放出されていることが分かってきました。
名前が示す通りフェルミガンマ線宇宙望遠鏡は宇宙に存在するガンマ線を放出する天体を観測する望遠鏡を搭載した地上550キロ上空を回る観測衛星です。この衛星は2008年から観測を始め昨年までの10年間、科学者たちにとっては貴重な数々のガンマ線を放っている天体を、いくつも天の川銀河の外に発見して観測してきました。
 フェルミガンマ線宇宙望遠鏡が観測したガンマ線を放つ天体のほとんどはパルサーとブレーザーと呼ばれています。パルサーは巨大な星が終末を迎えて超新星爆発をした後に残した中性子星、ブレーザーは星の大集団である銀河で、巨大ブラッホールが中心に潜む銀河中心核と呼ばれる領域から高エネルギーのガンマ線を地球方向に放出している天体です。
 発見した科学者たちは、この目には見えないガンマ線天体を結んで「ゴジラ」など、21の星座を提案しています。科学者たちが提案した宇宙のパルサーとブレーザーが描く星座「富士山」を、NASAのゴダード宇宙飛行センターのフェルミガンマ線宇宙望遠鏡のWEBに掲載された画像で紹介しておきます。
ブレーザーとパルサーが描く「富士山」を皆さんはどう見ましたか?ガンマ線放出天体が描く「富士山」で、山頂部の3C66Aと記されたブレーザーは、皆さんのご存知の星座では「アンドロメダ座」に位置しています。地球から45億光年彼方に存在する天体です。地球が誕生したばかりの頃の天体の姿に「富士山」を想像することができる、そんな時代に私たちは生きているのです。
宇宙や科学の歴史など、一方向に変化がすすむ現象は方向性をもった時間で理解できます。今回のコラム「時の移ろいで見る富士山」では、巡る時の移ろいで見る富士山と、科学の発展がもたらした一方向の時で見ることになった宇宙の富士山にも触れてみました。新しい年を迎えて、科学は、さらに新しい世界を見せてくれるものと期待しています。

・ガンマ線を放つ天体、パルサーとブレーザーが描く星座「富士山」(黄色の○はブレーザー、青色の○はパルサー)

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。 2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)



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