髙柳雄一館長のコラム

2018年04月一覧

イカロス、リュウグウ、夜空に見る人間の営み

 春を際立たせた桜の花も今では葉桜に変わり、公園で見上げる木々も新緑に覆われて、春から夏にかけて季節の流れを意識させてくれます。短いとは言え、子どもたちの春休みに接した方々には、花の話題と、新年度を迎える心構えに多少の緊張を伴った思い出を重ねられた人々もいらっしゃることでしょう。

 変化に富む地上の風物を楽しみながらも、科学館に勤めている私の方は日々WEBで触れる科学の世界の新しい話題に出会う生活も楽しんでいます。最新の科学研究が繰り広げる新しい宇宙や物質、生命世界での発見、それに伴って展開される新しい世界観は、時には地上で目にする世界の見方にも面白い影響をもたらすことが少なくありません。

 今回は、そんな事例を示す宇宙の話題に触れたいと思います。宇宙では遠くを見ると過去が見えると言われます。光の速度が何処でも常に一定な宇宙では、光で見る遠い宇宙の姿は、そこから光が地球にやってきた時間だけ過去の姿を示しているからです。太陽からの光も、約1億5千万キロメートル離れた太陽から約8分を経て地球へ届いた光で、私たちが見る太陽は8分前の姿になります。太陽より遠くにある夜空の星たちは、いずれも過去の姿を示していることが分かります。私たちは夜空を見る時、宇宙の過去に接しているのです。

 最先端の宇宙科学は、この宇宙の不思議な特徴を活かして、遠い過去の宇宙の姿を続々発見してきました。今回、紹介するのは地球から約90億光年彼方から届いた一つの星の観測です。星の大集団である銀河や、銀河の群れはハッブル宇宙望遠鏡やすばる望遠鏡など大口径の望遠鏡で観測されていることは良くご存知でしょう。しかし、私たちの太陽系が属する天の川銀河以外の銀河では、その中の個々の恒星を捉えることは容易ではありません。ましてや、90億光年も彼方の宇宙での星の観測は人類最初の業績です。

 今回の観測は、ダークマターも含めた宇宙に存在すると考えられる物質がもたらす重力レンズ効果と呼ばれている働きを利用して観測しました。「しし座」の方向、50億光年彼方にある銀河の群れが宇宙に設けた重力レンズ効果を利用して、さらに遠くの90億光年彼方に存在する一つの星の画像を観測することが出来たのです。観測に成功した科学者たちはこの星に「イカロス」と言う名前をつけました。

  「イカロス」と言う名前を皆さんは御存知ですか、ギリシャ神話に登場する人物で、父が作成したロウで固めた翼を利用し、空を飛ぶことに成功したのですが、太陽に近づき、ロウが溶けて墜落した青年の名前です。研究者たちが何故この名前を付けたのか良く分かりませんが、好奇心に駆られた人間の活動の成果だと考えると頷ける気もします。

 宇宙の過去が見える夜空、考えてみると人間は昔からそこに様々な世界を想像してきました。「イカロス」の手前に広がる「しし座」はギリシャ神話でヘラクレスが退治した人食い獅子の名前です。春の星座「おとめ座」もギリシャ神話に登場する女神です。ギリシャ神話ばかりではありません。夏至が過ぎる頃、「はやぶさ2」が到着する小惑星「リュウグウ」も、人間が想像した神話の世界を示しています。

 最先端の科学がもたらす宇宙での発見が、夜空の中に人間が想像した世界とも関係するのは愉快な気がします。科学も神話も人間の営みの反映だと考えると頷けるような気もしますが、皆さんはどうですか?春から初夏への夜空をそんな思いで眺めてみましょう。

IKAROS

ハッブル宇宙望遠鏡がとらえたイカロス(NASA提供)

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。 2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)