髙柳雄一館長のコラム

真夏を前に蘇る夏至の思い出

「墨田の花火」と呼ばれる我が家のアジサイが花火を忍ばせる花びらを円形に点在して咲き始めました。散歩道で出会う白い花びらが群がる柏葉アジサイも目につきやすくなってきました。学名で水を意味するハイドランジア(Hydrangea)を属名とするアジサイは、大地が水に恵まれる雨が降り続く梅雨に咲き競う花であることは誰もが認める事実でしょう。アジサイの花を目にする機会が増えてくると、私たちは梅雨の到来を意識し始めます。

太陽の運行に合わせた暦の上では真夏の到来は夏至の日に当たります。しかし、日本での真夏は梅雨明けに始まると感じている私たちにとっては夏至よりも後に迎えることが多い梅雨明けが真夏の始まりとして意識されているようです。そのせいか、カレンダーに記された夏至の日にも注目してはいないように思われます。

日本における真夏と夏至の関係が、梅雨の季節を持たない世界では異なっていることに気づかされたのは、子どもの頃に読んだシェイクスピアの喜劇「夏の夜の夢」でした。この喜劇は、古代ギリシャのアテネ近郊の森で繰り広げられた夏の夜のお祭りが舞台になっていました。この喜劇の英語の原題は「真夏の夜の夢」であり、真夏の夜が夏至の日の前夜を示していることを知ったのは大人になってからでした。

古代アテネの森のお祭りは夏至前夜の祭典だったのです。「夏の夜の夢」は真夏と夏至との関係が日本ではそれほど強くないことを配慮した翻訳だったのです。日本では、シェイクスピアのこの喜劇、訳者によっては「真夏の夜の夢」としても公開されてもいます。いずれにしても、私は夏至と真夏が深く関わっている文化圏の存在を知りました。そしてその後、真夏の到来と夏至を結び付けた古代遺跡にも興味を持ったのです。

1980年から2年間、BBC(英国放送協会)に勤めていた私はロンドンに住んでいました。その際、是非とも行って確かめたかったのは、ロンドンから西約200km離れたソールズベリー平原の古代遺跡ストーンヘンジでした。この遺跡は写真でご覧の様に、中央に高さ5mほどの巨大な門に見える組み石5組が馬蹄形に配置され、それを中心に高さ4mから5mの石が直径100mの円形に30個連なり、環状列石と呼ばれています。この環状列石の外側にヒール・ストーンと呼ばれる高さ6mの玄武岩がぽつんと立っています。






最後に示した模式図でご覧の様に、中央部から見るとヒール・ストーンは北西に位置していて、夏至の朝、太陽はこの石の背後の方向から昇ります。ストーンヘンジの古代遺跡では、夏至の日の太陽の最初の光線が馬蹄形の配置の中に位置する遺跡中央に直接達する様に配置されていることで有名です。ストーンヘンジは古代の夏至の太陽の日の出を観測するユニークな場所ともなっていたのです。

ロンドン在住の1981年の夏至の日、朝早くに家を出てストーンヘンジに車で出かけた思い出は忘れられません。ストーンヘンジに到着したのは残念ながら、既に日の出の時刻を過ぎていましたが、古代の人々が夏至の日に行ったお祭りを再現しようと集まってきた多くの人々にも出会い、参加者から感想を聞いて、BBC国際放送のラジオ番組で紹介できました。

ストーンヘンジの夏至の日の出とそこに集まった人々の写真をウィキペデイアで見つけたのでご覧ください。日の出の太陽がヒールスト―ンに影を落としている光景は印象的です。



※画像はすべてwikipediaより引用

真夏と夏至の関係を巡っての個人的体験を書いて来ましたが、六月のカレンダーを見て、日本では春分と秋分は国民の祭日なのに、夏至や冬至が祭日になっていないことにも気づかされます。私たちにとって真夏の到来を意識できる今年の梅雨明けは何時になるのでしょうか? それは夏至の日の何日後になるのでしょうか? 梅雨の季節を迎えると、それだけ真夏が待ち遠しくなる気もいたします。




高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)