髙柳雄一館長のコラム

2022年08月一覧

南天の星空に見る宇宙

真夏の猛暑を避けて日没後、戸外に出ると晴れた夜空の星々を楽しめる季節になりました。街明かりの少ない場所では、日暮れから夜中にかけて、星空には、「こと座」のベガ、「わし座」のアルタイル、「はくちょう座」のデネブが描く「夏の大三角」が空高く輝いています。暗さが十分ならば、「夏の大三角」を通り南の低い空へと続く天の川の淡い光も見えるかもしれません。実現出来ない方も、プラネタリウムでは確実に眺められる夏の星空です。

空高く位置する「夏の大三角」を通って、南の低い空に流れる天の川を認めると、さらに地平を下り、日本では見えない南の星空まで想像したくなります。そんな時、ケニア、オーストラリア、インドネシア、そしてチリの取材先で眺めたことがある南天の星空が蘇ります。

南天の夜空に初めて接したのはケニアでした。全天を覆う88星座で、最小の「みなみじゅうじ座」の南十字星を見つけた時の感激は忘れられません。南天の星空を最後に眺めたチリでは、夜が更けて「かじき座」から「テーブルさん座」にかけて輝く大マゼラン銀河と、「きょしちょう座」の小マゼラン銀河を初めて肉眼で見たことが貴重な思い出となっています。

北天とは違い、南天の星座には「きょしちょう座」や「かじき座」など、見なれない不思議な鳥や魚の名前が登場します。こうした星座は、15世紀から17世紀前半、スペイン・ポルトガルを中心とするヨーロッパ諸国が地球規模の航路を開いた大航海時代を経て、南天の星空を観測した人々の成果を基に、国際的に協議されて定められました。「テーブルさん座」の「テーブルさん」はアフリカ大陸南端の港町・ケープタウンの背後にある平たい山の名前ですし、地球自転軸の延長に位置する天の南極に近い星座には「カメレオン座」も登場します。南天の星座には、南の新世界で活動した人々が出会った風物の名前がいくつも使われています。想像でしか見えない南天の星空に異国情緒を感じる理由かもしれません。

南天の星空が持つ魅力を、星座の歴史で眺めてきましたが、科学の世界を通しても、南天の魅力は増しています。最新の宇宙望遠鏡が捉えた南天の星空の観測でご紹介しましょう。

昨年12月25日、南アメリカ・フランス領ギアナ宇宙センターから打ち上げられたジェイムス・ウエッブ宇宙望遠鏡は、1月24日、太陽と地球を結ぶ線上、地球から外側150万キロメートルにあるラグランジュ点の周囲の軌道に投入されました。7月11日には宇宙望遠鏡を運営するNASAが、観測された最初の画像を公開しました。地球の周回軌道から観測しているハッブル宇宙望遠鏡の主鏡が2.4メートルに対して、地球から150万キロメートルの低温の世界で観測するジェイムス・ウエッブ宇宙望遠鏡は主鏡が6.5メートルと倍以上も大きく、ハッブル宇宙望遠鏡とは違い可視光の観測は行わず、赤外線領域に限定した観測を実施して行きます。この宇宙望遠鏡の詳細に興味のある方はご自分でお調べください。

今回、ご覧頂くジェイムス・ウエッブ宇宙望遠鏡が初めて捉えた画像は、研究者たちがSMACS J0723.3–7327と分類表示している南天に位置する巨大銀河団を観測した成果です。

表示を説明すると、SMACSは英語のSouthern MAssive Cluster Surveyを示し、Clusterは銀河団を意味するCluster of Galaxiesを示しています。そして後に続く表示は2000年1月1日の春分点を基準にした赤道座標で、赤経7時23.3分・赤緯―73°27′を示しています。いずれにしても、私たちにとっては南天の「とびうお座」に位置する巨大銀河団を観測した画像だと聞けばそれで充分かもしれません。

© NASA, ESA, CSA, STScI

「とびうお座」の巨大銀河団は、地球から40億光年以上も彼方にあり、銀河が数百から数千も集まっている世界です。この銀河団が生み出す重力レンズ効果は、銀河団より奥深い宇宙に位置する銀河からの光の進行を変化させ、変形して歪んだ銀河や、同じ銀河が複数個も見える様子が、この画像の中でも見つけることが出来ます。

同時にジェイムス・ウエッブ宇宙望遠鏡で実施された「とびうお座」銀河団よりも遠い銀河の光のスペクトル観測から、この画像の中にも光が旅した距離で131憶光年にもなる銀河が捉えられていることが判明しました。宇宙誕生後6億年ほどしかたっていない銀河が発見されたのです。宇宙で最初に星が誕生したのは宇宙誕生後約2億年以降だと考えられています。宇宙で最初に生まれた星からの光は宇宙の膨張で生ずる赤方偏移で波長が引き延ばされ赤外に変化すると期待されています。赤外線観測でそんな初期宇宙の星を最初に観測することもこの宇宙望遠鏡の大きな目標の一つになっています。

夏の夜空の天の川の流れに従って、日ごろは想像でしか見ることのできない南天の星空の魅力を個人的体験も踏まえて書いてみました。最後に紹介したジェイムス・ウエッブ宇宙望遠鏡が捉えた「とびうお座」の銀河団を見ると、これからも南天の星空の魅力は増し続ける気がします。最後に、多摩六都科学館で見られる見慣れない南天の星座の世界を描いた大小島さんの「とびうお座」の星座絵もご覧いただき、南天の夜空への思いを広げて終わります。

▲東久留米市出身のアーティスト 大小島真木氏の星座絵が、特設ページ [全天88星座]で、ご覧いただけます


高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)