髙柳雄一館長のコラム

2022年09月一覧

秋の気配に気づいたとき、分かること

立秋を過ぎても残暑が続き、冷気をもたらす秋風に期待が高まった時期も、ようやく峠を越えました。そして、十日が中秋の名月、二十三日には秋分の日を迎える九月となりました。

日没後、自宅近くを流れる神田川沿いの散歩道を歩くと、遠くで横切る自転車や自動車の音など、戸外では常に聞きなれた雑音に交じり、虫の音が聞こえ、さらに道沿いの草むらに近づくと、そこに潜む虫たちが奏でる音色も一段と明瞭に聞こえます。秋の夜長に耳にする虫の声は、毎年、宵闇に漂う秋の気配を気づかせてくれるとても素敵な機会を与えてくれます。

勿論、秋の気配に気づかされるのは、夜だけでもありません。晴れた日、空気が澄み切った高い空に浮かぶ、ウロコの様にも見える薄い雲がたなびき、天高くとも呼ばれる秋の空を見上げ、そこに秋の気配の現れを気づかれた方も皆さんの中には大勢いらっしゃることでしょう。

国語辞典で「気配」を調べると、「どうもそうらしいと感覚的に感じられる様子」と記され、WEBでは「視覚ではっきりとは見えないが、周囲の様子から何となく漠然と感じられる様子」と説明されています。いずれにしても、気配は何らかの様子をしめしていること、さらに、「そうらしいと感じる」とか「漠然と感じられる」と聞くと、人それぞれが個人的に感じる世界の様子であることが分かります。一方で、「気配」が、手紙や会話でもよく使われることに気づくと、気配として捉えられる世界の様子は、私たちがお互いに共有できる世界の様子であることにも気づかされます。

虫の音に秋の気配を感じると書きましたが、注意すると日常生活の色々な場面で虫の音が聞こえてきます。しかし、それは涼しい夜風の散歩道で聞く虫の音とはまるで違います。「秋の気配」が示す様子は、虫の音だけでなく、他の様々な要素と結びついて生まれているのです。一方で、道端に寄ると虫たちの鳴き声が中断することもありますが、これは虫たちが人の気配に気づいたのでしょう。そんな時、同じ世界で同じ季節を過ごして生きている虫たちの存在を知り、同じ世界、同じ季節を共に生きている自分の存在にも気づかされます。

自分がいる世界の気配を知ることは、そこで無事に生きて行く上で不可欠な命の営みであることを考えると、私たちが秋の気配を感じ、それを楽しむのは当然かもしれません。

今年も、移ろいゆく季節の中で、生きている自分の存在を自覚できる、色々な「秋の気配」と出会い、それを楽しむ素敵な機会を持ちたいと願っています。


▲館庭の南天も、少し色付き始めました。


▲昨年の中秋の名月(2021.9.21撮影)。今年は9月10日。



高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)