髙柳雄一館長のコラム

3月に見る時の姿

昨年末に比べ、1月初めに増加し始めた新型コロナウイルス感染者数も、2月の中旬を過ぎるとピークを過ぎたようにも見えましたが、減少はそれほど目立たず、重症者数はさらに増加しています。新型コロナウイルス感染症がまん延する中で、3回目の3月を迎えました。

卒業式や送別会など社会的に記念すべき多数の人々の集う3月の行事も、感染防止対策として中止や、実施する場合も、オンラインなどで離ればなれに位置して参加するなど、一昨年以来、試行錯誤で見つけた感染防止の工夫を活かした実施計画が予定されています。

「明けない夜はない」と言う名言があります。「悪い状況が永遠に続くことはない。いつかは必ず良いことがある。」と言う意味で使われますが、コロナ禍で迎えた3月の私たちにとっては、夜明けをもたらす時の恵みにも期待したくなります。

時の恵みは、時の経過がもたらすものですが、時の経過を述べた言葉では、「一月往(い)ぬる二月逃げる三月去る」を思い出します。正月から三月までは行事も多く、あっという間に過ぎてしまうことをリズミカルに捉えています。三月去ると聞くと、3月は早々に去って、直ぐにも4月が来る気がします。時の経過と共にコロナ禍が終息に近づくことを期待する私たちにとって、あっという間に去ってゆく3月に見る時の姿は頼もしく感じられます。

3月の時を描いた英語の表現も印象的です。それは、「March comes in like a lion and goes out like a lamb.」です。 文字通りに訳すと「3月はライオンのようにやって来て、子羊のように去っていく」と言う意味ですが、3月の気象状況の変化を意識すると、3月はライオンのように荒々しい天気で始まるが、子羊のように穏やかな天気で終わると表現しています。
日本の3月に見られる季節の移り変わりを描いたとしてもそれほど間違ってはいませんね。

姿も形もない時間は、もちろん人間には見えない存在です。それにも関わらず、「逃げる」とか「去る」と捉え、ライオンや子羊にも例えられる時の姿を紹介してきました。私たちは時間が生み出す目で見える物の姿の移り変わりで、見えない時間の姿を捉えていることに気づかされます。このことは、人間の社会活動に重要な一年の季節変化を示す時の経過で使われている言葉からもよく分かります。

一年の季節変化を太陽の運行に対応して捉えた暦では、3月には啓蟄(けいちつ)と春分が含まれます。啓蟄を国語辞典で調べると、冬ごもりをしていた虫が地上にはい出る意味を示していることが分かります。春分は太陽が真東から出て真西に沈み、ほぼ昼夜の長さが等しくなる日を示していることはご存じの方も多くいらっしゃることでしょう。いずれも季節の変化を太陽が地上に及ぼす影響で捉えていますが、太陽がもたらす気象状況の変化に対応した草木や虫の活動でも表現されているのは、それが人間にとって身の回りで最も気づきやすいからかもしれません。

日本では旧暦でも新暦でも3月は弥生(やよい)と呼ばれています。弥生の語源を調べると弥生(いやおい)が変化して「やよい」と読むようになったようです。漢字の弥は、「いよいよ、ますます」を意味し、生は草木が芽吹くことを意味しています。弥生とは、草木がだんだんと芽吹く時期をさす言葉なのです。ライオンから子羊で例えた冬から春を迎えて変わる3月の気象とそれがもたらす生き物の活動で3月に見る時の姿を知ると、世界で環境の異なる文化の中で捉えられた3月の時の姿の多様性にも気づかされます。

今年も地域ごとの桜の開花予想が発表されました。桜を愛でる日本では3月の時の姿は、桜の芽吹く季節として最も親しまれているに違いありません。

コロナ禍の続く中、花見の宴は三々五々になると思いますが、今年も春がもたらす時の恵みを楽しみたいと願っています。


▲2月末、館庭の様子。ふきのとうがたくさん咲いています。


▲カフェの横にある梅の木はあともう少しです。


高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)