髙柳雄一館長のコラム

ドレイク方程式が残した宿題

散歩先で眺める樹々にも、黄みを帯びた葉が目立つようになり、戸外では、秋の深まりを告げる光景と出会う機会も多くなりました。季節の移ろいの中で生活している私たちにとって時が紡ぎ出す季節の変化は、時の流れの中に巡る時間があることを教えてくれます。

時間の流れの中で一生を過ごす私たちにとって、時間をどう捉えるかは誰もが気になる問題です。過去から現在、そして未来へと流れる時間の本質を考えると、私たちは巡る時間を重ねて年を取っていると言った方が良いのかもしれません。

秋風に触れて、寂しさも感じられ始めた9月2日、宇宙科学の世界で優れた業績を上げてきた、アメリカの天体物理学者フランク・ドレイク博士が92歳で逝去された訃報に接し、宇宙での人間の営みと時間の関わりについての新たな思いを馳せる機会となりました。

ドレイク博士の業績で最もよく知られているのはドレイク方程式です。この方程式は、「私たちが住んでいる天の川銀河には、地球の様な知的生命体の文明が果たしていくつ存在するのか?」と言う疑問に答えようとドレイク博士が1961年に考え出しました。少し難しく感じる方もいらっしゃると思いますが、興味をお持ちの方のために簡単に説明してみます。

ドレイク方程式は、一般に記号で示され、記号を繋ぐ・は×を意味しています。



左辺に記されたN  は天の川銀河に存在する知的生命体の文明の数で、それを求める右辺のR∗ は天の川銀河で一年に誕生する恒星の数、fp  はその恒星が惑星系を持つ割合、ne はその恒星系で生命の存在が可能となる状態の惑星の平均数、fl  は生命の存在が可能となる惑星で実際に生命が発生する割合、fi  は発生した生命が知的なレベルまで進化する割合、f は知的なレベルに達し生命体が星間通信を行う割合、最後に示されたL  は知的生命体の技術文明が宇宙で通信をする状態にある期間(技術文明の寿命)を示しています。

この式はとても複雑に見えるかも知れませんが、求める文明の数は、右辺に記された7つの項目に関して推定される数を掛け合わせると答えが出ます。

右辺の項目で、天の川銀河での年間に誕生する恒星の数や、恒星が惑星系を持つ割合、さらには、その惑星系で生命が存在できる惑星の数などの項目は、その後の宇宙科学の発展によって科学的な推定の確からしさの精度は向上を続けています。また生命の存在が可能な惑星で生命が誕生する割合や、誕生した生命が進化し知的レベルに達する可能性の割合も、最近誕生した宇宙生物学の知見を基に科学的に推定することが可能になっています。

太陽系外惑星の探査は1995年以降に発展し、観測された太陽系外惑星の報告数は現在3,000個以上に達し、生命が存在できる環境をもつ惑星の発見報告も増え続けています。

ドレイク方程式が提出された1961年当時は、宇宙で惑星系を持つ太陽以外の恒星の存在がまだ人類には全く知られていなかったことを思うと、この方程式が持つ先見の明に驚かされます。そして、電波天文学者として活躍していたドレイク博士は、宇宙に存在するかもしれない地球外文明探査の研究でも有名です。

ドレイク方程式を公表する1年前の1960年、ドレイク博士たちは「くじら座」τ星と呼ばれる太陽にも似た星へ向けて電波を送信しています。これは人類で最初に宇宙に存在する恒星に向けて電波を送信した試みです。この星を回る惑星に知的生命体の文明が存在し、この電波を受信して地球文明の存在を発見するかもしれないという期待が込められていました。

ドレイク博士の地球外文明への電波送信で最も有名なのは、1974年にプエルトリコで、当時まだ活動していたアレシボ天文台の巨大電波望遠鏡を使って地球から約2万5千光年彼方の球状星団に向けてアレシボ・メッセージとして知られる画像を送出したことです。地球外知的生命体がこの画像を理解できるように電波に乗せられた画像には、巧みな数学的知識が使われました。ドレイク博士はそんな知識を持つ知的文明の存在を信じていたに違いありません。興味をお持ちの方はWEBで調べてみてください。ここでは画像だけを示しておきます。

アレシボ・メッセージの画像で上部から下部へ描かれた内容は以下の九つです。

・1から10までの数字
・水素・炭素・窒素・酸素・リンの原子番号
・デオキシリボ核酸(DNA) のヌクレオチドに含まれる糖と塩基の化学式
・DNA に含まれるヌクレオチドの数
・DNA の二重螺旋構造の絵
・人間の絵と人間の平均的な身長
・地球の人口
・太陽系の絵
・アレシボ電波望遠鏡の絵とパラボラアンテナの口径

昔、テレビ番組の取材で、カリフォルニアにあるドレイク博士のご自宅に伺い、そこでも展示されていたアレシボ・メッセージの画像は今も鮮明に覚えています。


▲アレシボ天文台から 1974 年に送信されたアレシボ メッセージ

ドレイク博士は、多摩六都科学館のエントランス・ホールでもお馴染みの宇宙探査機ボイジャーに積まれたゴールデン・レコードの作成にも携わっています。この試みも未知の地球外文明へのメッセージですから、博士は宇宙の地球外文明の存在を確信していたように思えます。その意味では、ドレイク方程式の答えはとても気になります。

ドレイク方程式の解を決める右辺の7つの項目で、最後に登場する技術文明の寿命を記すL は他の項目に比べて知的文明社会の社会的状況が大きく反映されます。知的レベルが向上した文明は、何時もその技術を文明の持続に資するよう努めるのか、と考えると、現在の地球文明で議論されているSDGsの問題もそれに該当することに気づかされます。

宇宙で電波によって検出できる知的文明の寿命をどう推定するのか、それは私たち地球文明のあり方にも深く関わっていることが分かります。

ドレイク方程式では、太陽系外惑星探査や宇宙生物学などの新しい科学の発展によって、多くの項目で、より正しい推定値を入れられますが、技術文明の寿命など文明社会の状況にも支配されている項目によって、私たちには永遠に答えを出せない気もいたします。

過去から未来へと流れる時間の中で、知的文明が宇宙で手に入れる寿命を考えると、コロナウイルス感染症の拡大がもたらすパンデミックやウクライナの戦争状況の持続などで地球文明の寿命の終焉の存在にも気づかされる現在、地球温暖化がもたらす気象変化も考えると、私たちの地球文明も巡る時間を重ねていつまで続くのか分からなくなります。

今も続くドレイク方程式の解を求める人間の営みは、ドレイク博士が私たち地球人に残した大きな宿題の様な気もいたします。


高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)