髙柳雄一館長のコラム

背景に見出す情報の世界を楽しむ

秋も深まり、夕暮れ前の明るい時間には自宅近くの神田川沿いの歩道を通り、先にある広い公園をめぐる散歩コースで、木々の緑が紅葉を始めた景色を楽しんでいます。公園の芝生に覆われた広場を川沿いに囲む桜と銀杏の樹々が並ぶ道筋では、桜の葉は部分的に紅葉を見せていますが、銀杏はまだ紅葉を始めていません。東京では銀杏の葉が夕日に黄色く輝くのは11月中旬と聞きますから、これからさらに深まり行く秋の景色にも期待が膨らみます。

散歩以外にも、私たちは、人と会うとき、仕事をするとき、病院へ行くときなど、色々な場所へ出かけて生活しています。そんな時、誰かとお話しする際、そこは相手の言葉を聞く世界ですが、同時に、自分と相手が共有した世界を見る機会でもあります。その結果、私たちが他人と話す時、そこで見た場所の印象も大切な情報源となっています。話の内容を思い出すとき、言葉を交わした場所の情景を思い出して、記憶を確認できた経験をお持ちの方も多いと思います。情報の伝達では言葉や文字以外の視覚で得た情報も時には重要になります。

異なる場所からの情報交換は、これまで電話を使った音声による言葉の交換や、インターネットによる文字や図の交換で行われて来ました。最近では、コロナウイルス感染症の拡大を防ぐため、多くの人間が一同に集まることを避けて、パソコンを経由したオンライン授業やオンライン会合など、オンラインでの音声と画面を共有した情報交換も実施されています。そんなとき、話し手の画面に登場する背景にも様々なタイプがあることに気づかされます。

オンラインで対話する人間の背景に使われている画像は、一般的には参加する人間の居場所を直接カメラで捉えた画像ですが、カメラの焦点をずらしてぼかした画像を使う方もいらっしゃいます。先日、出会ったある研究者の方から、「書斎に置かれた本など、個人的な情報を他人に見せたくないから、背景は何時もぼかしています。」と伺ったこともあります。

感染症の終息が期待できない状況が続く現在、異なる場所からパソコン経由で参加者が音声と画像をオンラインで共有できる情報伝達は、参加者の顔の表情まで見える貴重な対話の機会としてますます盛んになって来ました。参加の機会も増え、背景としての画像では、話し手の現在の居場所とは異なる画像を背景として意識的に使う人も多くなっています。

パソコン経由で音声と画像を共有する話し合いで、よく使われているのはZoomと呼ばれるソフトです。多摩六都科学館でも、外部の研究機関と共催でZoomによるサイエンスカフェを公募で一般参加者を募り実施していますが、そんな時、私が話し手となる背景の画像としては多摩六都科学館の特徴あるサイエンス・エッグの外観入りの画像を使っています。これで自分の職場も紹介できますし、宇宙の話題も話しやすい環境を生み出しています。

これまで、私がZoomの集いで出会った印象深い背景画像では、蒸気機関車が走る景色を見たこともあり、語り手が興味を持つ鉄道の世界を想像して話を聞くことができました。

今回のコラムでは、散歩で出会う秋の深まりを示す背景から、話し合いの場に見る話し手に関係した世界を示す背景まで、私たちが言葉や文字以外に、眼で見える背景からも様々な情報を手に入れていることに触れてみました。人間が生きて行く上で必要な情報は、必ずしも言葉や文字だけで手に入れてはいないことにも気づかれた方がいらっしゃることでしょう。

これからはますますZoomなどのオンラインの集いに参加する機会も増えると思います。話し手が背景に選んだ画像にも注目し、話し手の意図を多様な視点で想像しながら聞き出すことも楽しいものです。




▲2022年3月に開催した「たまろくとオンライン感謝デー」の「ロクトこども科学Zoom相談」の様子






高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)