髙柳雄一館長のコラム

眼と心で桜の花を楽しむ

 梢に付着した透明な水玉と、それに対抗して天を目指した枝先を限る青味を帯びた丸い華芽、先日、そんな桜の枝ぶりを見ながら、雨上がりの神田川沿いの並木道を散歩したことを思い出します。それが今日は、桜の華芽は全て青空を背景に緑の衣装をまとい、すっかり開花に備えていました。
 桜の木は開花前からも注目を集め、枝先は春が近づくと何時眺めても私たちの想像を刺激します。日に日に春の気配が広がる季節になりました。この文をご覧になる時は、満開の花便りを皆さんは既に楽しんでいらっしゃるかもしれません。桜の季節、その枝ぶりを眺め、目で見える姿と同時に、過去や未来の桜の花の姿まで想像した方も多いのではないでしょうか?

 私たちの身の回りには、桜の花に限らず、そこに注目すると、現実に見える世界のみならず未来に期待される姿も想像し、時には、以前にそれを見た思い出まで蘇る、考えてみると不思議な世界が潜んでいます。
 不思議と書いたのはこんな理由からです。
 まず、現実に見える世界は、誰にも見える世界だと言ってよいでしょう。目の前に見える美しい桜の花が、それを見ている人に全く同じに見えるかどうかは、勿論、他人の眼は使えませんし、美しいと感じる心も人それぞれで違いますから、確かめようもありません。
 しかし、私たちは経験上、目前に見える花は、誰にとっても同じ様に見えると仮定して生活しています。多分、それほど違わないはずです。その意味では、目で見る世界は、誰にとっても共通の世界として認めることができると思います。毎年、春の花見を、私たちが誰しも楽しむことはその証拠の一つかも知れません。

 このことだけでも、私たちが住む世界が不思議と言える理由になりますが、さらに、目に見える世界に、桜の花の様に、心が描く世界も想像できることはもっと不思議です。心こそは人それぞれです。今度は誰しも同じには見えない世界となっているのに違いありません。友人と共に桜の花見に出かけて花の美しさを話した時、恐らく子どもの頃見た思い出も聞かされたことがあるでしょう。この話題は勝手に想像して聞くより仕方がありません。
 桜の花の話題から私たちが住む世界の不思議に話題が広がりました。多摩六都科学館では現在、春の特別企画展として、「ワンダービュート~ひきつけあい 踊りつづける 小さな世界~」を開催しています。この展示では、目で見る世界が持つ魅力を、心の世界が感じるステキ!や不思議?で楽しんで頂こうとしています。
 屋外で桜の花を楽しむ季節、多摩六都科学館の春の特別企画展でもお楽しみ下さい。

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髙柳雄一館長

高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年、東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。

2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)