髙柳雄一館長のコラム

無事に10月を迎えて考えたこと

晴れた日、戸外で和らいだ陽ざしに出会うと、秋の深まりも感じられる季節となりました。新型コロナウイルス感染防止対策を意識した生活を続けつつも、無事に10月を迎えたことに感謝しています。この1年、ニュースで各地の新規感染者数を毎日見るたびに、自分も含め家族や知人が無事であることに安心する日々が続いて来ました。無事と言う言葉を意識する機会が多い日常を過ごしているせいか、身の周りを離れた世界での無事とは言えない出来事に触れると、この間、それに関心をあまり持たなかったことにも反省したくなります。

自然災害の多い日本ですから、今年の8月の記録的な大雨による大規模自然災害のニュースに触れたときには、世界的な気候変動とも関係する異常気象として、注意深く気象庁が発表した記録的大雨をもたらした要因をWEBで調べたりもしていました。反省を強いられたのは、もっと広い世界での無事でない気象状況を紹介したニュースに触れたためです。

先月、私が読んだBBC(英国放送協会)のWEBでは、1980年から2009年までの10年間に気温が摂氏50度に達した日の年間平均日数は14日でしたが、2010年から2019年までの10年間では年間平均日数が26日に増えていることを紹介し、BBCの分析として、気温が摂氏50度に達する、暑さの極めて厳しい日の年間平均日数が、1980年代と比べて倍増していると報告していました。気温が摂氏50度に達した酷暑に見舞われた地点は中東と湾岸地域が圧倒的に多いことも記載されていましたが、今年の夏にはイタリアで摂氏48.8度、カナダで摂氏49.6度を記録し、両国の最高を更新したことも紹介され、多くの科学者が、化石燃料の使用に伴う温室効果ガスの排出を削減しない限り、他の地域でも摂氏50度超の日が発生すると警告していることも報じていました。酷暑に見舞われる地域の拡大によって人間の健康と生活様式が、これまでにない困難にさらされていることが分かります。

地球温暖化とは地表大気の平均気温が長い時間を経て上昇する現象を意味することは、皆さんも良くご存知でしょう。地球の気候変動で起きる現象の中でも、地上に住む私たち人間にとっては無視できない現象だけに、多くの専門家が地球温暖化を導く要因を調べてきました。その結果、自然界に原因を持つ要因と、人間活動が起源となる要因によるものがあることが判明しています。特に20世紀半ば以降の温暖化は人間活動起源の温室効果ガスが主な原因と考えられ、過去の現象より急激に起こっているとされて問題となっています。今年8月には国際連合の気候変動に関する政府間パネルにて温暖化の原因が人間の活動によるものと初めて断定されました。19世紀後半からの地表気温の変化を示す、要因に色分けしたグラフを見るとそれが良く分かります。


▲NASAによる観測温度 と1850-1900年のIPCCによる産業革命前の気温の定義に基づく平均値の比較(ウィキペディアから引用)

世界の気温上昇の主な要因は人間の活動(赤線)であり、自然の力(緑線)が比較的小さな変動を加えています。

日常で無事を意識する機会が多いということは、逆に身の周りに無事でない事柄が幾つもあるからかもしれません。「無事」の反対を示す「有事」と言う言葉は、国語辞書でみると「戦争や事変など、平常と変わった事件が起こること」と書かれていました。これによると、コロナウイルス感染症の拡大蔓延状況も有事と言えるはずです。私たちが現在、無事を意識する機会が多いのは身の周りが有事だからかもしれません。

今回、身の周りの世界を包む広い世界にまで思いを馳せると、地球温暖化の様に地球文明の存続にとっては無事と言えない現象の存在にも気づかされます。コロナ禍の中、家族や知人の無事が気になる状況はこれからも続きますが、無事に10月を迎え、時には社会の無事から地球文明の無事にまで関心を広げて生活する機会も大切にして行きたいと考えています。


高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)