髙柳雄一館長のコラム

地球を離れて40年、宇宙探査機ボイジャーが示すもの

2017.08.31 12:31:48
テーマ:館長コラム 

 多摩六都科学館のエントランスホールに入ると、正面で皆さんを迎える当館のキャラクター「ペガロク」に会えるはずです。その真上をご覧ください。天井に浮かぶ巨大な探査機を発見できます。宇宙探査機ボイジャーの実物大模型です。ボイジャーと名づけられた探査機は同じタイプの1号と2号があります。この双子の探査機は、今から丁度40年前、1977年の夏、アメリカのケープカナベラルから打ち上げられました。

ボイジャー
<当館エントランスにあるボイジャーの実物大模型>

ボイジャー1号は1977年9月5日、ボイジャー2号は1977年8月20日に地球を出発しました。1号と2号の順番が逆になったのは、1号で不具合が発見され、後発になったと言われています。いずれにしても、40年前に飛び立った、この二つの探査機は太陽系の木星より外側に存在する巨大な惑星とその周りを回る衛星の世界について、幾つもの新発見を重ね、その後の太陽系科学の探査計画を導いてきました。

 宇宙へ飛び立って40年、探査機ボイジャーは今も宇宙で探査活動を継続しています。特に、ボイジャー1号は土星を観測後、土星の衛星タイタンを観測し、その後は太陽系惑星の軌道面から外れ、太陽の勢力範囲である太陽圏の中で太陽から放出されている太陽風の観測を続けました。2010年にはその勢力圏の端に達して、現在では太陽から200億km以上も離れた星々が支配する銀河系空間を飛行しています。2008年以来、搭載の原子力電池の電力使用を節電し、2025年頃までは地球との通信が可能だと言われています。

皆さんが科学の展示施設で出会う探査機の多くは、成果を上げた後、現在は既に活動を終った探査機がほとんどです。これに対して、地球を離れて40年、今も宇宙で探査活動を続けている探査機を示す、エントランスホールにある実物大模型のボイジャー探査機は多摩六都科学の宝物の一つになっています。

今年の夏、木星探査機ジュノーが木星の極軌道を回りながら撮影した木星表面の大赤斑や極を取り巻く巨大なオーロラが天文ファンの間では大きな話題になりました。その中で私にとっては忘れられない画像がありました。それは木星のメイン・リングと呼ばれる木星の環を捉えた画像でした。木星のメイン・リングは1979年にボイジャー1号が初めて発見しました。その後、打ち上げられた探査機の観測で木星には4本の環が発見されています。

木星の環は、いずれも微細なチリがリング状に浮かぶ世界で、撮影が難しく、その後、メイン・リングを観測した探査機も、後方や前方からの光を散乱する環を撮影してきました。これに対して、昨年から木星を回り、観測を続ける探査機ジュノーは、星空を背景に木星の環の内側からメイン・リングを撮影することに成功しました。環を通して背景の星空には「オリオン座」の左肩の一等星ベテルギウスと「オリオン座」のベルトを示す三ツ星が撮影されています。その写真を載せておきましょう。興味をお持ちの方は調べてみてください。

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<木星探査機ジュノーが内側から撮影した木星の環>NASA提供

星空を背景に浮かぶ探査機ジュノーの木星の環の画像は、この40年間に、太陽系の細部の姿を私たち人類が如何に色々と知ることになったかを具体的に物語っていると思います。

多摩六都科学館のエントランスホールに入ったとき、天井に位置するボイジャー号を眺めて、地球を飛び立って40年、今も宇宙を飛行するボイジャー1号の姿を想像して遥か太陽系の彼方の宇宙に皆さんも思いを馳せてみてください。

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。 2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)



ハッブル、ケプラー、ガリレオ、・・探査機・衛星の名前にみる宇宙開発

2017.08.02 18:27:55
テーマ:館長コラム 

梅雨が明け、子どもたちにとって長い夏休みが始まりました。大人にとっても、夏はお盆休みなどがあり、比較的長い休暇も取りやすい季節と言えます。それを利用して、日頃はなかなか行けない場所への旅の計画などを既に立てていらっしゃる方も多いと思います。

晴天が続く夏の夜空は、織女星と彦星に、その出会いを遮る天の川に羽を広げた「はくちょう座」の尾を描く一等星デネブも参加して、星空に大三角形を生み出し、地上の人々の目を宇宙へと一層広げてくれます。夏は、私たちの心の目を足元から遠い世界へと誘う季節と言えるかもしれません。

七夕の世界は古代の人々が夜空にも地上の様な世界があると信じ、人間の名前を付けた星々を想像して人間の望みを星の世界に託したお話でした。それは今も変わらないようです。星ではありませんが、人間の名前を付けた人工天体が幾つも星空を飛び交っていることがそれを物語っています。

人類の歴史をみると、人間は宇宙を知ることで科学を発展させ、現代の科学技術を生み出してきたと言われています。 その結果、星空に対する人間の願いは、さらに科学技術の成果を駆使して打ち上げられた探査機や衛星の活用に具体的に示されています。

ハッブル宇宙望遠鏡、ケプラー宇宙望遠鏡、木星探査機ガリレオなど、有名な科学者の名前を付けた探査機がいくつも宇宙を航行し成果を上げてきました。探査機や衛星に宇宙科学に貢献した科学者が多いのは頷けますが、ハレー彗星の探査で活躍した探査機ジョットなど、アーティストの名前がついた探査機もありますし、マルコ・ポーロと名付けられた通信衛星もありました。

インドの地球観測衛星にはインドで有名な数学者バースカラの名前が付けられています。同じ意味で印象的だったのは悟空と言う名前が付けられた中国の暗黒物質探査衛星があったことです。ここまでお話すると日本人の名前を付けた衛星はあるのか、気になりますが、宇宙での技術開発に日本が打ち上げた衛星には空海とか源内と名付けられた実験衛星もありました。

今年6月、中国が「墨子」と名前をつけた科学技術衛星を利用し量子通信の実証実験に世界で初めて成功したということが報告されました。このニュースに触れた時、それを確かめるつもりで、WEBで調べて分かったことがあります。興味深いことに、日本でも同じタイプの量子通信の実証実験がなされ、それについては7月に報告がなされました。量子通信実験の内容についてお調べいただくことにして、面白かったのは、この実験で日本が使ったのは超小型衛星の名前がソクラテスだったことです。墨子についても、ソクラテスについても、何故、この人々の名前がこれらの衛星に付けられたのか私には未だによくわかりません。

今回は、星空を飛び交う探査機や衛星に付けられた人間の名前で現代の宇宙開発を一端を眺めてみました。晴れた日に夜空を眺めて、星空に願いを馳せる人間の営みが七夕の時代から今も継いていると気づくのも、夏の夜空を楽しむ一つの方法かもしれません。

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髙柳館長高柳 雄一(たかやなぎ ゆういち)

1939 年4月、富山県生まれ。1964年、東京大学理学部物理学科卒業。1966年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了後、日本放送協会(NHK)にて科 学系教育番組のディレクターを務める。1980年から2年間、英国放送協会(BBC)へ出向。その後、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサーなどを 歴任し、1994年からNHK解説委員。
高エネルギー加速器研究機構教授(2001年~)、電気通信大学教授(2003年~)を経て、2004年4月、多摩六都科学館館長に就任。 2008年4月、平成20年度文部科学大臣表彰(科学技術賞理解増進部門)




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